上位を占めるサイバー関連リスク

まず、サイバーセキュリティーやITに関するリスク(紫色)については、新型コロナウイルスの影響でリモートワークや在宅勤務が急増したことで、これらのリスクに対する脆弱性が増加したことが、報告書本文で指摘されている。また、2017年に発生したマルウェア「NotPetya」による被害が世界規模で拡大したことや、EUのGDPRや中国のサイバーセキュリティー法などデジタルデータに関連する各国での規制が増えたことなど、世界規模での情報セキュリティー対策において考慮すべき観点が幅広く解説されている。

本連載でこれまでに紹介してきたさまざまな調査報告書においても、サイバー攻撃や情報セキュリティーに関するリスクが最も懸念されていることが示されてきたが(注2)、本調査においても上位10位のうち4つをサイバーセキュリティーやITに関するリスクが占めていることから、この傾向は変わらないようである。

また地政学的リスク(赤色)については、図の上半分(本稿のトップに掲載された図)においては存在感が若干薄いように思われるかもしれないが、地政学的リスクはさまざまな分野のリスクと相互に関連していることに常に留意する必要があることが指摘されている。図2は地政学的リスクを分析するために、本報告書で「6つのレンズ」と表現されている観点と、それぞれに関連する事例である。

写真を拡大 図2. 地政学的リスクを分析するための「六つのレンズ」(出典:Airmic / Top Risks and Megatrends 2020)

また、新型コロナウイルスが地政学的リスクに影響を与えた例として、初期段階で感染者が急増したイタリアにおける世論調査が紹介されている。この調査では回答者の 88% が、EUは感染症対策に失敗したと回答しており、これがEU懐疑論に関する新たな波を生むのではないかと指摘されている。

本報告書はあくまでも、リスクに関する大きな潮流をつかもうとする観点でまとめられているのに対して、新型コロナウイルスのパンデミックは恐らく個別事象と位置づけられると思われるため、独立した項目としては扱われていない。しかしながら、このように各カテゴリー別の分析において、さまざまな観点から新型コロナウイルスの影響が反映されており、このパンデミックが世界に与えた影響の大きさを、改めて再認識させられる。

本稿では記述を割愛させていただくが、「ガバナンスや法規制」「信頼やレピュテーション」「気候変動および環境」の各カテゴリーについても個別のセクションを設けて解説されている。しかも、「気候変動および環境」以外のカテゴリーについては次の通り各社と共同での執筆となっており、より幅広い情報や知見を取り入れた解説が行われていると考えられる。

- サイバーセキュリティーおよびIT:Control Risks
- 地政学的リスク:Willis Towers Watson
- ガバナンスや法規制:AIG
- 信頼やレピュテーション:KPMG

本報告書ではこれらの解説に続いて、今後予想される変化や、保険業界に対する提言がまとめられているので、特に保険業界の方々にとっても有益ではないかと思われる。世界的なリスクの潮流をつかむことに加えて、海外(本報告書に関しては特に英国)の保険会社や企業のリスクマネジャーの考え方や問題意識を知るという意味も含めて、価値のある報告書であろう。

■ 報告書本文の入手先(PDF 52ページ/約3.7MB)
https://www.airmic.com/technical/library/top-risks-and-megatrends-2020

注1)Airmic とは「Association of Insurance and Risk Managers in Industry and Commerce」の略であり、英国を本拠地としている。https://www.airmic.com/

注2)例えばBCIがBSIと共同で毎年実施している「Horizon Scan」という調査(下記)でも、事業継続関係者が最も懸念しているのはサイバー攻撃と情報漏えいである。これ以外の複数の調査機関による報告書でも、サイバー攻撃や情報漏えいが特に懸念されているという結果が示されている。

第92回:世界のBCM関係者の懸念は2020年もやはりサイバー攻撃
BCI / Horizon Scan Report 2020
https://www.risktaisaku.com/articles/-/25826(2020年3月10日掲載)