東アジア特有の雨季

梅雨は、春と夏の間に現れる、東アジア特有の雨季である。日本だけでなく、中国や韓国などでも見られる。日本では、北海道を除く全国を12の地域ごとに、梅雨の「入り」「明け」の発表が行われるが、梅雨は東アジア全体の季節現象なので、あまり細かく見ても意味がない。むしろ、東アジアの「梅雨」という大気構図の形成(onset)、解消(offset)という見方が重要である。

今年(2021年)は、梅雨のonsetが早く、明瞭であった。個々の地域に対する梅雨入りの発表とは関わりなく、5月中旬には東アジア全体としての梅雨の大気構図が形成され、早くも梅雨本番の様相を呈した。

図1に梅雨現象の大気構図の概念図を示す。梅雨が東アジア特有の現象であるのは、地理的条件に関係している。東アジアは大陸の東岸にあり、チベット高原の東側に位置している。チベット高原は、東西約2000キロメートル、南北約1200キロメートル、標高3500~5500メートルの巨大な山塊で、対流圏の大気中に高く盛り上がり、大気の流れ(偏西風)を妨害する。この巨大な山塊があるために、偏西風は春から夏に移行する過程でチベット高原の南と北に分流し、東アジアに気流の収束域を作り、オホーツク海に高気圧を形成する。このような地理的条件は、地球上のその他の地域にはなく、東アジアだけに梅雨という特徴的な大気構図が現れることになる。その大気構図が、今年は5月中旬に、あっという間に形成されてしまった。

画像を拡大 図1. 梅雨現象の大気構図の概念図

ちなみに、北海道には梅雨がないので梅雨の「入り」「明け」の発表が行われないという説明をよく耳にするが、それは正しくない。北海道には梅雨がないのではなく、毎年はっきりと現れるわけではないというのが正しい。北海道の雨季は夏から秋にかけてであり、本州で夏の前と後に分かれて現れる梅雨と秋霖(しゅうりん=秋の長雨)が、北海道では合体しているようにも見える。したがって、北海道の雨季は、本州の梅雨の季節感とはかなり異なる。

昭和36年梅雨前線豪雨

梅雨期には、毎年のように大雨災害が発生する。それは、太平洋やインド洋の高温多湿の空気がモンスーン(季節風)に運ばれて東アジアに集まり、梅雨前線と称する気流の収束域で上昇して雨を降らせるという、梅雨現象の宿命である。集まってくる水蒸気量が並大抵でないため、降雨現象はしばしば発達した積乱雲によってもたらされ、時に「集中豪雨」や「豪雨」となる。

ここで、「集中豪雨」と「豪雨」の違いを説明しておこう。「集中豪雨」とは、①時間的、②空間的に集中して大量の雨が降ることをいう。①②の集中が必須要件であるから、長時間もしくは広範囲の集中豪雨はあり得ず、それは集中豪雨ではない。もう一つの「豪雨」は、著しい災害を発生させた大雨について使われる言い方で、災害の大きさのほうに主眼がある。したがって、豪雨は必ずしも集中豪雨ではないし、集中豪雨が豪雨であるとは限らない。

1961年の梅雨は、6月中旬までは不活発で、干害も心配されるほどであった。しかし、6月下旬になると様相が一変し、四国、近畿、中部、関東、北陸の各地方で大雨となり、7月に入ると東北地方や九州地方でも大雨となった。6月24日から7月5日まで(12日間)の降水量は、三重県尾鷲市で1061.9ミリメートルを記録したほか、中部地方で400~600ミリメートルに達した。

気象庁は、この大雨を「昭和36年梅雨前線豪雨」と命名した。気象庁が認定した豪雨期間は6月24日~7月10日である。筆者が本稿のタイトルとした「伊那谷豪雨」は、「昭和36年梅雨前線豪雨」の一部であり、「三六災害」を引き起こし、この年の梅雨を特徴づけるものとなった。