14年2月中旬ごろから、安倍政権による河野談話見直しの動きに経営陣が危機感を抱き、本格的な検証を行わざるを得ないとの考えが強まった。3月下旬に社内に検証チームを設置。14年中に記事化する方針を固めた。当初は政府による河野談話検証結果発表の後に、6月ごろに記事にする予定だったが、サッカー・ワールドカップの開催時期を避けたりした結果、最終的に8月上旬に落ち着いた。これに関連して、経営幹部はこの検証は危機管理に属する案件であるとして、経営幹部がその内容に関与することとしたという。

14年8月当時ゼネラルマネジャー(GM)兼東京本社報道局長だった市川速水氏は、なぜ8月に記事を取り消したのかについて、「抵抗の拠点から 朝日新聞『慰安婦報道』の核心」(青木理著、講談社)のインタビューの中で、安倍政権による河野談話の検証結果が6月20日に公表されたこと、15年が戦後70年、日韓国交正常化50年に当たり、慰安婦問題が日韓関係などのトゲになっていることを踏まえ、ここで朝日新聞のよって立つところを整理・確認して次の段階に進もうとの意図があったと説明。元主筆の若宮啓文氏も同書の中で「吉田証言について遅まきながら明確に取り消し、身ぎれいになった上で言論戦を挑もうという気持ちだったのでしょう」と推測している。

これに対し、朝日新聞関係者は木村氏が社長時代に、NHK番組改変問題で同紙と対立していた安倍晋三首相と数回会っていると指摘した上で、「今回の(誤報取り消しの)背景には、安倍政権へのすり寄りの問題があるのではないか。安倍政権が長期政権になると思ったのではないか」との見方を示している。いずれにせよ、河野談話の検証などの安倍政権の動きが影響を与えたのは確かだと言えよう。

◇進退問題への波及恐れ、謝罪を削除

最大のポイントは、誤報を認めながらなぜ謝罪しなかったのかという点だ。報告書は、吉田証言の裏付けは取れず虚偽性をうかがわせる資料も確認できたことから、現場の検証チームは訂正しておわびする方針で固まり、7月15日までに紙面案を作成したが、16日の協議で木村社長が反対したため、おわびは削除して「反省」を表明するにとどめたとの経緯を明らかにしている。朝日新聞によると、木村社長は反対した際、「経営に重大な影響を及ぼす可能性がある」ことを理由に挙げたという。