(担当を越えたチーム連携が重要だという災害・安全対策推進部)

 平時の準備

どんな時代であっても、危機管理の基本は変わらない。重要なのは平時からの準備だという。同社では海外安全対策セミナーを定期的に実施する。全ての新入社員が対象の基礎的なグレード1、海外出張者向けのグレード2、海外駐在員向けのグレード3-①、帯同家族向けグレード3-②、テロ誘拐対策編のグレード4と対象者のレベルと経験値にあわせて開催している。

例えば、グレード2なら海外出張の際に遭遇しそうなリスクとその対策、グレード3なら長期間住む場合に特有のリスクとその対策のように、具体的な取り組みを伝える。新型コロナウイルスの流行以降はEラーニングが中心だが方針は変わらない。

海外赴任や出張する従業員に向けてもアラートリスト、出張者用ガイドを発信し、いずれもイントラネットで公開しグループ内で共有する。

アラートリストや出張者用ガイドを発信するのは各拠点長で、リアルタイム性が高いのが特徴。危険性の高まっている場所や避けるべきエリア、危険レベルの高い地域に行く際に求める具体的な対策を記載している。

特に出張者用ガイドでは、その国や地域で必ず守るべき基本ポイントを提示。例えば、サウジアラビアなら微量でも酒の持ち込みは厳禁など、他にも入国の際に必要な予防接種を記載したり、文化習慣が全く異なるために発生し得る危険性などを表記しているという。

「常識と思われることでも、従業員は知らない前提で注意喚起を行います」と岡田氏は話す。

情報を伝えるだけではなく、受け取る側の感度を高めるために安全対策企画チームのチーム長である間明田淳氏が実施しているのが、駐在員に対する情報発信の頻度を増やすことだ。

「普段から戦争やテロや自然災害だけでなく、生活に隣り合う危険情報などを伝え意識的にコミュニケーションを増やすことで危険に対するお互いの認識レベルを合わせるようにしています」(間明田氏)

担当者に必要な「瞬発力と持久力」

(イメージ:写真AC)

危機管理担当にとって、重要なのは「瞬発力と持久力、それに判断力だ」と酒井氏は言う。インシデントとの命の綱引きに負けないために不可欠な能力だ。

ロシアのウクライナ侵攻やハマスとイスラエル軍の衝突に対応するには、判断力の源泉にもなる歴史的背景を理解する必要がある。担当者はニュースだけではなく、多数の書籍や学術論文にまで目を通している。

とはいえ残念ながら危機を事前に察知する、特別な方法は見当たらないという。

「普段から数多くの多様な情報に接することぐらいしか思いつきません。担当者として、この出来事は『ヤバイ』と感じられる、違和感をキャッチする嗅覚のような能力は必要です。私は、大きなニュースでなくとも気になる情報は、関連性を意識しながらメモを取るようにしています」(稲葉氏)

激動の時代に立ち向かうために

世界中で展開するグループ全体の従業員を守る、住友商事の災害・安全対策推進部。情報の入手は国内外の報道機関、政府、専門コンサルティング会社などさまざま。

共同通信「海外リスク情報」もその1つだ。間明田氏は「共同通信『海外リスク情報』は、第一報の早さが群を抜いています。我々にとって初動のスピーディな動き出しが何より重要です。裏をとった信頼性と確度の高い情報なので、手間をかけて情報を精査する必要がなく、受け取ってすぐに現地への状況確認をはじめとした周辺情報収集に取り掛かることができます」と評価する。

共同通信「海外リスク情報」で、重大な事件や事故、テロ、災害などが発生したときに素早く送信されるのが「速報」だ。共同通信が全国の新聞社や放送局に届ける第一報と同じものが一般的に入手できないタイミングで受け取れる。

「最近ではフェイク情報も高度化しているため、信頼性の高い情報の重要性がより高まっている」と間明田氏は続ける。従業員への情報発信として頻繁に活用しているという。

先行きが不透明で激動の時代を見据え、稲葉氏は今後についてこう語った。

「災害・安全対策推進部は、分析能力を持つプロ集団として能力にさらに磨きをかける。また、誰もが同じように危機意識を持ち初動対応ができるよう、教育、訓練などの取り組みを続け社内全体の底上げを図る。この2つを追いかけていきたい」