三菱電機株式会社 人事部 海外安全対策センター長 尾﨑陽二郎氏

最重要使命は人命の安全確保

世界に約14万6千人のグループ従業員を抱える三菱電機は、海外に駐在する従業員と帯同家族、そして海外出張者の安全を「海外安全対策センター」が管理している。センター長の尾﨑陽二郎氏は「我々の役割は従業員とその家族の安全の確保。過去には当社が携わる海外のプラント工事がテロのターゲットになった例もあり、人命を守ることを最優先に取り組んでいます」と話す。

センター設立のきっかけは約200人の邦人が人質となった1990年のイラク軍によるクウェート侵攻。8代目のセンター長を務める尾﨑氏は就任6年目だ。現在は兼任者も含めた計5人のメンバーで、同センターを運営している。センターの役割は情報収集・分析と発信、個別相談への対応、安全教育、海外拠点など現地の状況把握、安全施策の検討・実施、有事対応など多岐にわたる。

三菱電機の海外危機管理は全社防災・安全対策委員会がグループ全体を統括し、緊急事態の発生時には全社緊急対策室が立ち上がる。同社では「米州」(中米、南米を含む)、「欧州」(中東、アフリカを含む)、「アジア」(中国以外のアジア・オセアニアを含む)、「中国」の4エリアに分けて対応する。各エリアには人事と労務管理などを統括する人事労政室(人労室)を設置し、同センターはその担当者と協力し、問題に対処する。

画像を拡大 三菱電機グループの海外危機管理体制

多角的な視点で分析し、「ファクト」と「見解」を分けて全社発信

海外安全対策センターの重要な業務の1つが情報収集と分析、そして発信だ。駐在員や帯同家族、出張者のために戦争やテロ、暴動、犯罪や自然災害などの安全リスクに関わるファクトを集め、日々分析を行っている。

情報源は外務省や在外公館を含む公的機関と国内外の報道機関、危機管理専門のコンサル、そして現地拠点からの生の情報だ。国内メディアの情報収集には主に共同通信「海外リスク情報」を活用し、海外メディアはCNNやBBCを中心に利用している。

加えて外務省と民間企業が集まり情報交換などを行う海外安全官民協力会議や、海外で事業展開する企業との交流会などにも参加し情報収集に努めている。

「例えば、2022年11月にトルコのイスタンブールで87人が死傷した爆弾テロが発災した際には関連拠点の従業員や出張者を洗い出し、安否確認を行ったほか、海外安全対策センターからファクトと見解に分けてまとめた情報を注意喚起として発信しました」と尾﨑氏は振り返る。

重要視しているのはファクトと見解を分けて活用することだ。尾﨑氏によればニュースをもとにしたファクトを追うことで、事態の推移を把握できるようになり、コンサルや報道機関などが提供する見解が加わることで事態をより深く理解できるようになるという。さらに、歴史や文化的な背景を考慮することが分析の正確性を高めている。情報は複数のソースをもとにクロスチェックし、真偽を判断する。危機意識を高めてもらうために発信する情報は複数の観点から整理したものにするなど、工夫を凝らす。

外務省の海外安全情報をベースに関係会社を含む全社に向けて毎月発表しているのが、海外出張規制情報だ。地域の危険性を知らせる役割を担い、世界を「禁止地域」と「要注意地域」、「一般地域」の3つに分類している。禁止地域への出張には人事部長や事業部長の承認だけでなく具体的な安全対策への承認も必要になる。例えば、移動には専用車や専用ドライバーの手配、行動範囲をホテルやオフィスに限定、毎日の安全報告などの対策を推奨している。

同センターでは危機管理コンサルからの世界情勢定期レポートを毎週発信し、海外拠点には危険地域出張者リストを毎週届けているほか、各種注意喚起や地域別リスクレポートなども不定期発行する。