理工系学部の教養・倫理教育と偉才・内務技師宮本武之輔
視野の狭い技術者は危ない、教養を習得させよ!

高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2018/06/25
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
数年前のことである。ある国立高等工業専門学校(高専)の夏休み読書の推薦図書一覧を見せてもらって驚いた。そこには古典的名作(ジャンルを問わない)や科学者、工学者の伝記、評論集などがまったく紹介されていない。物理学者・文学者・寺田寅彦随筆集や詩人・宮沢賢治作品集などはもう古いのだろうか。古典文学や歴史書の名著などは理工科系の教育には無意味なのだろうか。この「新発見」を、知り合いの著名な工学者(大学名誉教授)に伝えてみた。
「その背景は困ったことに簡単です」と氏は顔をゆがめて語り「要するに教師の資質の問題です。教師自身が学生時代に幅広い教養を身につける努力をしなかった。内外の歴史・文学などの名作に接しなかった。歴史・文学・芸術(音楽や絵画など)は無縁のものと思って生きてきたのでしょう」。氏はやや苦りきった表情で結論づけた。
ある著名な国立(当時)工学系研究所を訪ねた時のことだ。文献にあたろうと思い、図書室の本棚を見て回って妙な事実を知った。政治・経済・歴史・文学・芸術といった文科系図書や美術全集などの図書がほとんど置いていない。この事実を知人である研究所の幹部研究者に話してみた。
「ここは工学の高等研究機関であり、文科系の図書、中でも政治をはじめ歴史・文学・哲学のような専門外図書を備える必要は感じていない」と語り、最近では職員からの要望に応えて司馬遼太郎氏ら流行作家の全集を購入したと付け加えた。歴史・文学などは趣味的図書であり「仕事の邪魔もの」とでも言うような口吻(こうふん)であった。工学博士の知人は、戦前の内務省土木局を代表する土木技師のひとり青山士(あおやまあきら)を敬愛していると聞いていたので「青山論」を尋ねてみた。「青山技師は、部下の技術官僚たちに『勤務地の歴史・地理を勉強し、時間の許す限り歴史書や文学書を読み心の糧(かて)とするように』と指導していたとのことだが、同じ道を歩む工学系技術者としてどう考えますか」。
「教養の差でしょうかね」。氏はそっけなく答えた。
エピソードを続けよう。ある大学(受験戦争では高いランキングを誇る)の土木工学コースで技術者倫理の講義をした時のことである。受講生がちょっとした漢字すら読めないので失望した。
「君たちは本や新聞を読まないね。若いうちにレベルの高い難しい本を読まなければダメだ。もし世のリーダーたらんとするならば教養がなければ話にならない。海外との競争にも勝てない」と苦言を呈した。ついでに「夏目漱石と森鴎外の代表作をあげてみてくれないか」と縦一列に座った学生に前から順々に答えさせた。案の定、半分ほどの学生が近代日本文学を代表する二人の偉大な文学者の作品を正しく答えることができなかった
エンジニアの倫理確立が内外から強く求められて久しい。例えば、大学の土木工学コースでは「土木技術者の倫理」を必修課目に入れるのが当然となってきている。技術者資格の改革・創設や継続教育(Continuing Professional Development :CPD)制度の創設が進められ、専門的能力の開発と合せて技術者倫理の普及と教育が重要なスキームとなっている。
技術者が、自分や自分の属する組織のための暴利にのみ目がくらみ、社会に対する責任・奉仕や納税者への配慮を一方的に放棄したのでは存在基盤を自ら失う(談合がその代表例である)。しかしながら倫理教育がこのレベルで止まってはいけない。人間性の荘厳さを教えることこそが究極の倫理教育ではないのか。国内外の代表的歴史書・文学書(古典)はその尊厳さを伝えてくれないだろうか。最高の芸術は人類普遍の最高の倫理を語っている、と信じたい。
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
トヨタが変えた避難所の物資物流ラストワンマイルはこうして解消した!
能登半島地震では、発災直後から国のプッシュ型による物資支援が開始された。しかし、物資が届いても、その仕分け作業や避難所への発送作業で混乱が生じ、被災者に物資が届くまで時間を要した自治体もある。いわゆる「ラストワンマイル問題」である。こうした中、最大震度7を記録した志賀町では、トヨタ自動車の支援により、避難所への物資支援体制が一気に改善された。トヨタ自動車から現場に投入された人材はわずか5人。日頃から工場などで行っている生産活動の効率化の仕組みを取り入れたことで、物資で溢れかえっていた配送拠点が一変した。
2025/02/22
現場対応を起点に従業員の自主性促すBCP
神戸から京都まで、2府1県で主要都市を結ぶ路線バスを運行する阪急バス。阪神・淡路大震災では、兵庫県芦屋市にある芦屋浜営業所で液状化が発生し、建物や車両も被害を受けた。路面状況が悪化している中、迂回しながら神戸市と西宮市を結ぶ路線を6日後の23日から再開。鉄道網が寸断し、地上輸送を担える交通機関はバスだけだった。それから30年を経て、運転手が自立した対応ができるように努めている。
2025/02/20
能登半島地震の対応を振り返る~機能したことは何か、課題はどこにあったのか?~
地震で崩落した山の斜面(2024年1月 穴水町)能登半島地震の発生から1年、被災した自治体では、一連の災害対応の検証作業が始まっている。今回、石川県で災害対応の中核を担った飯田重則危機管理監に、改めて発災当初の判断や組織運営の実態を振り返ってもらった。
2025/02/20
2度の大震災を乗り越えて生まれた防災文化
「ダンロップ」ブランドでタイヤ製造を手がける住友ゴム工業の本社と神戸工場は、兵庫県南部地震で経験のない揺れに襲われた。勤務中だった150人の従業員は全員無事に避難できたが、神戸工場が閉鎖に追い込まれる壊滅的な被害を受けた。30年の節目にあたる今年1月23日、同社は5年ぶりに阪神・淡路大震災の関連社内イベントを開催。次世代に経験と教訓を伝えた。
2025/02/19
阪神・淡路大震災30年「いま」に寄り添う <西宮市>
西宮震災記念碑公園では、犠牲者追悼之碑を前に手を合わせる人たちが続いていた。ときおり吹き付ける風と小雨の合間に青空が顔をのぞかせる寒空であっても、名前の刻まれた銘板を訪ねる人は、途切れることはなかった。
2025/02/19
阪神・淡路大震災30年語り継ぐ あの日
阪神・淡路大震災で、神戸市に次ぐ甚大な被害が発生した西宮市。1146人が亡くなり、6386人が負傷。6万棟以上の家屋が倒壊した。現在、兵庫県消防設備保守協会で事務局次長を務める長畑武司氏は、西宮市消防局に務め北夙川消防分署で小隊長として消火活動や救助活動に奔走したひとり。当時の経験と自衛消防組織に求めるものを聞いた。
2025/02/19
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/02/18
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方