危機管理体制とマニュアル

海外にある私どもの大使館・総領事館では、緊急事態発生時のマニュアルを整備している。地震発生国については地震が発生した場合のマニュアル、治安が悪い国においては退避マニュアル、観光客が多い所については、大型旅客機墜落のようなケースも想定し、さまざまなマニュアルを整備している。ただし、これまで事件や事故などが起きて、マニュアルをそのまま使えたケースはほとんどない。マニュアルは、やらなければならない事項は何かを整理するためには必要だが、実際に事件や事故が起きている場所のインフラ環境や状況は全く違うため、その場の判断が最も重要になる。

現地企業では、あらかじめ現地公館との意思疎通をよくし、連絡を密にとって頂ければ何か物事が発生した場合には、迅速かつ適切に対応できると思う。各公館が作成している安全対策マニュアルも参考にしてほしい。

緊急事態の発生を想定して一番大事なのが、体制作りをすること。退避の決定を含め、社として迅速な意思決定体制を構築し、社内での情報の迅速な伝達・共有体制を確立して、必要な人員、金、物を集め、情報収集、外部との調整・対応、社内調整、被害者対応、家族対応、プレス対応といった役割に人員を張りつけることである。そして、これら対応を総括する者が重要である。現地ではやらなければならない事が五月雨式に発生する。そこで、何をやらなければならないかを考え優先順位をつけながら判断できる者を配置できるか否かによって、対応が全く違ってくる。

被害者・家族対応が重要

例えば、クライストチャーチの地震があった時には、私も翌日に現地に赴いたが、邦人28人の安否確認のできない状況で、私が現地に到着して半日後には、被害者の親族や関係者が、現地に次々に訪れてきた。一人の行方不明者に対して3~4人来ており、常時120人から130人に囲まれ、私どもの主要な業務は家族対応になっていた。ご家族の方は、今どのような状況であるか情報を欲していると考え、全体の報告会を1日1回実施した。また、人数が多かったので、3家族に1人の連絡係をつけた。24時間、連絡係を通じていつでも連絡ができ、何か困ったことがあればその人が相談に応じるというような体制にした。外務省にも、ご家族の窓口を作った。

事前に準備・検討しておくべきことを整理

国によっては、現地社員が退避するにあたって、事前に準備・検討しておくべきことを整理してみることも大切だ。

2013年11月に巨大台風がフィリピンを襲った直後に、私が一番被害の大きかった地域での邦人の安否確認のため行ったときは、現地で略奪も起きていて、私がフェリーで到着した港から陸路、現地までのルートは、反政府ゲリラも活動しているとの情報があった。このため、安全に現地入りするため、現地で生活している人が一番情報を持っていると思い、現地の人にどのルートが一番安全かを聞き、また、移動する時間帯を決めた。現地の治安情報やインフラの状況把握に努めたところ、現地は電気が0、水道が50%、ガスが0という状況であった。次に、何を持っていくかを考え、緊急備蓄品、水、ガソリン、トイレットペーパー、ゴミ袋といった物を車に積んだ。ちなみに、私は、海外緊急展開チームの一員ということもあり、何かあれば、率先して現地に行く役割がある。今行けと言われても、便があれば今夜の便でも発てる準備はしている。自宅にすべて準備できていて、3日間は、現地で何もなくとも自給自足できるようバッグに必要な物資を入れてある。

話を元に戻すが、当時、現地には発電機を備えているホテルが3つしかなかったが、運良く、そのうちの1つのホテルに部屋を確保することができた。そして、このホテルの部屋を死守するため、連れて行ったローカルスタッフの1人を午前中一杯ホテルに張りつけた。なぜ、張りつけなければならなかったかを説明しよう。まず、発電機がなければ通信機器が使えず充電もできず、現地対策本部として成り立たない。各国の援助関係者や記者等もそのような発電機を持っているホテルを確保したいため、急激にニーズが高まり、発電機付きのホテルの部屋の値段が一気に跳ね上がった。そのうちに2~3倍の現ナマを積んで部屋を強引に奪う者も現れたり、すでに部屋に入っている人は、その人が外出している間に荷物が全部外に出され、強制的にチェックアウトさせられるといった事態が生じていたからである。通常では考えられないことだが、部屋を死守するために見張り役が必要だった。これも現場の判断だった。