2015/03/25
誌面情報 vol48
白い粉が引き起こす脅威
しかし、今や戦場だけでなく、オフィスや売り場、政府の建物でさえ、“有利に形成”されつつある。一例を挙げよう。ホン。・ミン・トラン氏である。トランは、500通以上の白い粉の手紙を送ったテロリストとして知られている。6年以上にわたり送り続けた。このような「白い粉事案」は、2001年の炭疽菌レターに端を発して、その恐怖は半端ではなく、人々は奇妙な白い粉を見るや否や、当局に電話した。当局としても、その地域を閉鎖して関係者を除染し、分析のためにサンプルをラボに送らねばならない。結果が出るまでは、そのオフィスは閉鎖となる。この事件を受け、模倣犯たちが白い粉を送り始めた。人々が警察に連絡してチェックを受けるのがわかっていたからである。このような白い粉事案の対象になったのは、銀行から結婚式まで幅広い。連邦政府から地方の消防、ビジネスに至るまで、このコストは膨大であった。損害の総額を推定するのは難しいが、世界規模での損害は、恐らく10億ドルではきかないだろう。
一例で考えてみよう。会社員Aはいつも遅刻している。再三の注意にも関わらずである。結局は首になった。Aはこれは不当であると考え、復讐しようと決意する。彼は、この会社の給与の支払いが月末の16:00であることを知っていた。そこで、15:00に白い粉満載の小包が会社に届くように図った。会社員Bは、小包を開けた。白い粉が飛び散り、同封の手紙には、これはIS(イスラム国)からで、粉は炭疽菌だぞと書かれていた。Bは警察を呼び、警察は、全員オフィスを出て別の部屋で待機するように命じた。警察はサンプルを取り調べたが、結果が灰色であったため、全員を除染し、ラボ(研究室)での最終結果が出るまで自宅待機を命じた。3日後に、サンプルはよくある妨害物質(検知器には、有害物質と出てくる)と判明し、仕事は再開された。ラボでのコストは大きく、サンプルをダブルチェックし、超勤や増員を必要とした。警察はラボの費用を負担せざるを得ず、時間まで空費した。
この会社はわずかな期間ではあったが、BCP(事業継続計画)を発動するまでには至らなかったものの、閉鎖によって多くの損害を出してしまった。会社員は、月初めにお金が入らず、銀行への支払いの手数料も含めるとかなりの損害が出た。誰も病気になったりはしなかったが、誰もが金銭的な損害を受けてしまったのだ。
結果や影響の大きさに無頓着
トラン氏の例のように、残念ながら、注意深く実行すれば捕まらずにいることはたやすい。そしてビジネスの損害は跳ね上がる。現実主義者は、十中八九は偽物と言うだろう。そして、それを考慮してもっとしっかりした対応をすれば、ビジネスの損害は減ると言うかもしれない。それはそうだったかもしれないが、時すでに遅しだ。変化はいつも、思いがけないところからやってくる──TVシリーズの『Breaking Bad』だ。それまでの犯罪ものというのは、CBRNの科学的な出現ばかりに執着していて、その結果や影響の大きさに無頓着だった。このシリーズで、主人公のウォルター・ホワイトは、リシンを作り、それがいかに致死性が高く、いかに容易に製造できるかを示した。リシンは以前から、ひまし油の副生成物として知られており(トウゴマ由来)、暗殺にも用いられた。ブルガリアのマルコフやエルビス・プレスリーの熱狂的ファンの例が有名である。
毒素(生物剤と化学剤の中間に位置する)を、専門的にではなく、日常的なものとして取り扱ってみせたのは、このTV番組が初めてである。買い求めたい人がいれば、売る人は出てくるものである。FBIや関係機関は、常にトウゴマの商売に目を光らせている。ただ、ジョーダン・ゴンザレスのような人物を止めるには臆病すぎた。彼は薬剤師で、何千というリシンやアブリン(別の毒素)の豆を購入しても怪しまれない。ここから、十分な量の毒素を生産して、必要とする人々に売る
ことができる。彼の計画を精査してみないと、どれだけ多くの人々を殺傷できたかと推し量ることはできない。ただ、針の先ほどの量を注射すれば、人は死に至る(吸入による致死量はもっと大きい)。
市場が、どこまでこのような脅威を認識し許容するかは定かでない。また、このようなトレンドがどこまで進むのかも予測しがたい。ただ、このTV番組の記憶が残る限りは、危険性の認識は残るだろう。
生物剤や放射性物質のリスク
関心を持つべきは、化学剤や毒素だけではない。生物剤や放射性物質もある。これらは、ビジネスにとって大きな懸念材料であり、BCPに大きな影響がある。両者は、テロリストにとっては、その使用可能性に違いが出てくる。生物剤というのは、毒素を除けば、その製造や兵器化、拡散が難しく、専用の機器や訓練が必要となる。一方で、放射性物質の方は、はるかに簡便で、爆薬での拡散にも耐えるし、製造するよりも盗んでくればよい。人体への影響は、それほどすぐに大きく表れるわけではなく、健康診断でもわかりにくい。一方で、生物剤の拡散は、数千人の被害を出してしまうだろう。保険業界では、すでに生物剤の脅威を認識し始めており、特に事業継続の観点から考えている。単に、テロ攻撃や犯罪のリスクだけでなく、自然発生からのものも大きい。鳥インフルやSARS、MERSといったものは、人々にリスク評価の再考を迫っており、このインパクトはエボラの比ではない。しかし、ほとんどの生物剤は持久性がなく、一部の例外を除いて太陽光の紫外線で死滅する。だが、放射性物質は長く残り、数世紀にわたり残ることもありうる。
このようなリスクにどう向き合うのかというプロジェクトが進行中である。特に、炭疽菌については、生物剤でありながら除染や殺菌手段に耐えて長く生き残る。かつて、英国政府は多様な炭疽菌実験をスコットランド沿岸のグルニャード島で繰り返してきた。この島は、50年にわたり汚染されたままであったが、ようやく280トンのホルムアルデヒドが投入され、土壌がほとんど浄化された。この島は、ほとんどの読者が暮らす地域とはかけ離れていることだろうから、別の例として米国炭疽菌事件を挙げてみよう。
あの、ブルース・イビンズ博士が、兵器レベルの炭疽菌を政治家やメディア関係者に送り付けた事件である。この時の炭疽菌除染活動に必要だった経費は、3億3000万ドルと推計されている(2001年時点)。これだけコストがかかった要因は、重要施設に最新除染技術を適用した最初の例だったことが大きい。現在なら、コストはもっと抑えられるとみられている。
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