2016/09/19
誌面情報 vol48
最も重要なことは自衛消防組織の教育とレベルアップだ。元在日米陸軍統合消防本部次長として消防組織の育成に努め、2007年には米国国防総省より米陸軍内で最も優秀な自衛消防組織に贈られるDoD Fire Department of the Yearを獲得することに貢献した日本防災デザインCEOの熊丸由布治氏に自衛消防の教育について聞いた。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年3月25日号(Vol.48)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年9月19日)
Q1在日米陸軍の消防組織はどのような体制だったのでしょうか?
所属していた在日米陸軍の消防組織は、基地を事故や災害から守ることを目的とした、いわば企業の自衛消防組織と同じような位置づけでした。もともとは消防というよりは施設管理関係、つまり基地の建築物の修繕や管理を行う部門の1つにすぎませんでしたが、組織再編の流れの中で「緊急業務局」の一組織として格上げされました。周辺市町村との関係もあり消防の機能が求められるようになり、私も、米軍でさまざまな研修を受け、2006年には在日米陸軍統合消防本部次長に就任し、消防組織の改革とレベルアップに取り組んで参りました。そして2007年には全米陸軍内で最も優れた消防組織に贈られるDoD Fire Department of the Yearを獲得することができたのです。
だからこそ、その経験を生かし日本の自衛消防組織のレベルアップに貢献できるのではないかと考えています。
Q2具体的なレベルアップの方法は?
初任科教育から見直しました。エビデンス(証言・検証結果)ベースに基づくファイヤーアカデミーをめざし、National Fire Protection Association(NFPA)の基準に従い組織を教育したのです。具体的に採用したのは『Essentials of Fire Fighting』(以下、Essentials)です。これはオクラホマ州立大学が百数十年かけて作り上げた消防危機管理のバイブルで、まさにエビデンスをベースに制作されています。


現在、第6版が最新版です。消防の歴史から始まり火災の性状、建築物の構造から資機材の性質、具体的な消火、救出活動など消防・危機管理に必須なエッセンスが24章で構成され、これまでの災害から得られた教訓が理論的に整理されています。各チャプターの冒頭で必ず過去事例を示し、問題提起から始まります。失敗を公開し徹底的に調べ上げ、原因を突き止め改善点を導くスタイルは素晴らしいものです。
例えば、カリフォルニア州のとある街で発生した古い木造家屋の火災現場で2名の消防士が殉職した事例が解説されています。一節を紹介しましょう。
「1名は小隊長、1名は機関員でした。この2名は最先着隊のメンバーで、建物内に取り残された高齢者の救助を試みて殉職してしまいました。現着時に小隊 長は、第2着隊に指揮権を委譲したものだと誤認したまま、自ら延焼中の木造家屋へ進入しました。不適切な陽圧換気と火災ガスの引火に巻き込まれて尊い命を 落としてしまいました」 |
Essentialsでは、この事例からNIOSH(国立労働安全衛生研究所)が導き出した教訓を次のように紹介しています。
1.最初の火災警報を受信した民間警備会社から消防指令センターへの通報が遅れたこと。
2.この消防指令センターは膨大な通信量を取り扱っているため、追加支援部隊の増強要請が遅延したこと。
3.殉職した小隊長は指揮を移譲した際の最終確認をしていなかった。このことが、正式な現場指揮本部を設置したことにつながらず、状況が急速に変化した際に消防士たちの安否確認を遅らせた原因となったこと。
4.インシデント・コマンド・システムの設置および運用が実践されなかったため、部隊間の情報伝達がスムーズにいかず、戦略的な意思決定が遅れたこと。
さらに、NIOSHが「明確で簡潔な無線交信と無線交信訓練は、安全で効率的な緊急事態対応業務の重要な鍵となる」と結論付け、その上で、「外部通信」と「内部通信」の2つの側面の問題があるとしたことに言及しています。具体的には「外部通信」には数多くの緊急通報システムがあり、それらシステムの種類と特性を知ることの重要性を説き、「内部通信」では、現場で活動する部隊間の情報共有のための無線交信技術等について解説しています。その他にも、緊急無線交信の方法やPAR(人員点呼報告)の重要性も説いています。
こうしたエビデンスが各章で登場するので、隊員は、我がこととして消防隊員としての行動を考え、学ぶことができるようになるのです。
一方、教育プログラムは、米国空軍のグッドフェロー基地にある第312訓練大隊が行っている62日間のルーキーアカデミーを参考にしました。期間は約3カ月。それと同時に隊員の能力やモチベーションのアップのため認証資格制度(FirefighterⅠ、などⅡ)を導入しました。また、消防車や資機材を新調し、隊員の知識を磨くだけでなく、生活そのものの質も改善し、こうした取り組みが総合的に評価され、陸軍で1番の自衛消防組織となったわけです。
Q3日本の消防との大きな違いはどこにあるのでしょうか。
まず初任科に入る前に教えるのは化学物質(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)、爆発物(Explosive)の、いわゆるCBRNE災害、危険物災害とテロ災害対応になります。その後に消防初任科でFirefighterIとIIを学びます。それだけ危険物・テロの対策を重視しているということもありますが、重要な点は、原因は何であれ、NBC災害のような事態が起きた場合は極めて危険な状況になることを、消防の最前線に立つスタッフは知っておく必要があるということです。特にCの化学物質については、国内でも多くの工場などで危険薬品などを使用しており、日常的にも化学薬品の災害は十分に起こり得ます。こうした化学物質が環境や人体にどのような影響を及ぼすのか、どう被害を食い止めればいいのかは、知識として身に付けておく必要があります。
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