実例に見る配電網の災害リスク対策
Lights out - The risks of climate and natural disaster related disruption to the electric grid
合同会社 Office SRC/
代表
田代 邦幸
田代 邦幸
自動車メーカー、半導体製造装置メーカー勤務を経て、2005年より複数のコンサルティングファームにて、事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングに従事した後、独立して2020年に合同会社Office SRCを設立。引き続き同分野のコンサルティングに従事する傍ら、The Business Continuity Institute(BCI)日本支部事務局としての活動などを通して、BCMの普及啓発にも積極的に取り組んでいる。一般社団法人レジリエンス協会 組織レジリエンス研究会座長。BCI Approved Instructor。JQA 認定 ISO/IEC27001 審査員。著書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)
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安定的な電力供給システムは、現代の生活や産業を支える最も基本的なインフラの 1 つだが、その反面で様々な脆弱性を抱えており、自然災害やサイバーテロなどによる大規模な途絶が懸念されている。今回紹介する報告書は、このような問題に関する調査研究の結果である。
ジョンズ・ホプキンス大学・高等国際関係大学院の学生チームが、スイス再保険の支援を受けて実施した研究の成果として、2017 年 7 月に発表した研究報告書『Lights out: The risks of climate and natural disaster related disruption to the electric grid』(以下「本報告書」と略記)は、副題が示すとおり、配電網の途絶を招くような自然災害リスクに関する研究報告書であるが、研究チームは特に、北米の太平洋岸北西部における配電網に着目している。
彼らがこの地域に着目した理由は、後述するように、この地域の配電網が自然災害および巨大地震のリスクにさらされているからである。また、北米の太平洋岸における配電網は図 1 のように、米国とカナダとの国境をまたいでるため、災害対策において二国間での協力が必要になる。
本報告書には 3 つの事例が含まれている。まず 1 つめの事例として、1992 年にハワイのカウアイ島に上陸したハリケーン「Iniki」によって発生した大規模停電をとりあげ、配電網の途絶による混乱や、これによる経済被害、復旧における費用負担に関する問題を考える上での検討材料を示している。
本報告書によると、1992 年に発生したハリケーン「Iniki」による強風で、カウアイ島にある送電塔の 26.5%、配電柱の 37% が倒れ、35% の送電線が失われた。発電設備は稼働し続けたものの、配電網への被害が大きかったため、島全体が数ヶ月にわたって混乱し、電力の完全復旧までには 3 ヶ月近くかかったという。
なお、配電網に対する損害保険料が非常に高額だったため、発電所しか損害保険でカバーされておらず、また FEMA からの公的援助だけでは復旧費用をカバーできなかったため、配電網の復旧のためのコストは納税者が負担する結果となった。
これに続く 2 つの事例では、米国のオレゴン州、カナダのブリティッシュコロンビア州における災害対策の現状がまとめられている。
オレゴン州では電力の 65%、ブリティッシュコロンビア州では 90% 以上が水力発電で賄われているが、気候変動によって気温が上昇すると、春の雪解けが早まるために水の流量が変わるため、発電パターンを変えて対応しなければならなくなるという(注 1)。図 2 はオレゴン州における水力発電所の所在地を示している。
この地域では、干ばつや洪水のような気象災害だけでなく、大規模な地震の発生が懸念されている。バンクーバー島からカリフォルニア州北部にわたって存在する「カスカディア沈み込み帯」(Cascadian Subduction Zone)で、マグニチュード 9 クラスの地震が発生する可能性があることが、専門家によって指摘されている(注 2)。
オレゴン州では、マグニチュード 9.0 の地震が発生した場合、変電所の 50% 以上が損傷すると見積もられており、このような損傷が発生すると、電力網の 10~20% が復旧するまでに約 2 年、全面復旧まで数年かかるという。オレゴン州では、マグニチュード 9.0 の地震が発生した場合、変電所の 50% 以上が損傷すると見積もられており、このような損傷が発生すると、電力網の 10~20% が復旧するまでに約 2 年、全面復旧まで数年かかるという。
本報告書では、これらのような問題意識に基づいて、オレゴン州およびブリティッシュコロンビア州で実際に行われている、災害対策への取組状況が紹介されている。特にオレゴン州に関しては、州議会でレジリエンス責任者(Oregon State Resilience Officer)という役職が設置されたのをはじめ、物理的および経済的損失の評価、重要なインフラの強化(もしくは移転)などの対策が実施されている状況が詳しく説明されている。
また財務面の課題に関しては、配電網に対する損害保険が高額となることから、パラメトリック保険(注 3)や CAT ボンド(注 4)など、新たなリスク移転の仕組みを活用する可能性が指摘されている。
■ 報告書本文の入手先(PDF 36 ページ/約 0.9 MB)
http://www.swissre.com/library/archive/lights_out_the_risks_of_climate_and_natural_disaster_related_disruption_to_the_electric_grid.html
注 1)本報告書では両州の間に位置するワシントン州に関する記述がないが、図 2 のようにワシントン州にも多数の水力発電所があるので、おそらく同様の状況であろう。
注 2)New Yorker 誌の Web サイトに関連記事がある:
http://www.newyorker.com/magazine/2015/07/20/the-really-big-one
注 3) パラメトリック保険とは、地震のマグニチュードなど、第三者機関によって公開される指標に応じて保険料を支払う仕組みになっている損害保険をいう。
注 4) CAT ボンドとは catastrophe bond(災害債権)の略称で、損害保険でのカバーが難しいような大規模災害のリスクを証券化し、資本市場から調達した資金で財務的損失をカバーする仕組みをいう。
(了)
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