原稿の組み立ては考えられているが

次に表現ですが、まずスピーチ内容について。冒頭は「確かな技術と高い使命感を持った医療従事者の皆さんの存在は、私たち全員を勇気づけてくれるものです。本当にありがとうございます」と、最重要ステークホルダーへのメッセージがありました。

その後「医療体制を支えるため軽症者のための宿泊施設を確保した」「医療体制維持のため非常事態宣言する」「国民の行動を変えて人の接触を7~8割削減できれば2週間後にはピークアウトできる」「事業者向けの給付金を用意した」「ワクチンや治療薬は開発が進んでいる」「アビガンの備蓄量は3倍の200万人分まで拡大している」と述べた後、自動車メーカーが人工呼吸器の増産を手助けしていることやエアラインの人たちが医療現場に必要なガウンの縫製をしてくれていること、スーパーや物流トラックの人たちが昼夜働いていること、クラウドファンディングで支援してくれる人たちがいることなどを述べ、さまざまな人たちの行動が希望である、東日本大震災を絆で乗り越えたように必ず乗り越えられると締めくくりました。

2月からずっと総理のスピーチ原稿を追いかけていますが、その時々に重要なステークホルダーを取り上げて感謝やねぎらい、敬意を表現し、具体策には数字を盛り込み、そして最後は力強い言葉で結ぶという組み立てはよく考えられていると思います。

抑揚をつけて強調ポイントを明確にする

メッセージ発信は「タイミング」「表現」「手法」を戦略的に考える必要がある

しかし、原稿以外では気になる点がありました。まずはストライプのネクタイが華やか過ぎる印象になったこと。公式感のあるネクタイにしてほしかったと思います。

話し方も単調でした。ずっと同じリズムなので、どこが一番のポイントか、最も強調したい部分が分からないまま終わってしまいました。強調したい部分は間をあけたり、強く発音したりすると切実に伝わったはずです。

特に4月1日のガーゼマスク配布は、すでにマスクを自作することが習慣化されていた段階でのアナウンスであったために、小さ過ぎるマスクをする総理が滑稽に見えてしまいました。

手法はどうでしょうか。今回は記者会見ではなく、ビデオメッセージにした方が良かったのではないかと思います。

理由は二つ。カメラ目線になるため国民に届きやすいこと、記者会見でボロが出るリスクがないことです。実際、1世帯30万円給付に所得制限をしている理由を聞かれた際「私たち国会議員もそうですが、公務員も今、この状況でも全然影響を受けていない。収入には影響を受けていない」と回答してしまいました。

これは、国民の反発を招きます。影響を受けない国会議員と公務員が憎悪のターゲットになってしまいます。余計な言葉でした。わざわざ職業を言う必要はないのです。ビデオメッセージにして会見は別にしておけば、甘い認識が露呈することはなかったでしょう。

広報やリスク担当者は、スピーチ原稿を用意するだけでなく、効果的な語り方についても戦略を立てる必要があります。日本は感染者、死亡者は諸外国より低い状態で、対策がダメなわけではないと思いますが、見せ方が悪いので批判の的となり、不安を増幅させてしまっています。危機時におけるメッセージの出し方にも注意を向けてほしいと思います。