テロ被害補償などにニーズ

一方で本報告書では、これらの地政学的リスクに対する対策状況に関する様々な調査結果も掲載されているが、これらの中で筆者が個人的に注目したのが損害保険の活用状況である。一般的に、損害保険市場の状況は国・地域によって大きく異なる。本稿の執筆にあたって筆者が見た限りでは、多国籍企業を顧客に持つような海外の大手損保会社のWebサイトの日本語ページには、「ポリティカルリスク保険」というというような記述があるが、日本国内の大手損保会社のWebサイトにおいては、地政学的リスクを対象とする保険商品の記述は見当たらない。したがって現状では、地政学的リスクをカバーする保険を導入している日本企業は非常に少ないと考えられる。

これに対して本報告書においては、回答した企業の27%が、政治的リスクに関する損害保険(political risk insurance)を導入していると回答している。回答企業の54%が欧州であり、北米企業からの回答が8%、アジア企業からの回答は6%にとどまるので、この数字には欧州の損害保険市場の影響が色濃く反映されているであろう。

そして図2は、最も保険でカバーしてほしいものは何かを尋ねた結果である。回答は「最も重要」(Most important)から「最も重要でない」(Least important)までの 5 段階で回答するようになっており、「最も重要」が多い順に並べた結果、「テロおよび政治的暴力」(Terrorism and political violence)がトップとなっており、次いで「契約中断」(contract frustration)、「輸出/輸入できなくなること(制裁など)」(Inability to export/import (sanctions))などとなっている。

写真を拡大 図2. 損害保険で最もカバーしてほしい地政学的リスク(出典:PANTA RAY / Geopolitical Risk Report 2019)

前述のとおり、テロ活動は発生頻度が低いが発生した際の影響が大きいと認識されているから、企業の立場から見れば損害保険が最も合理的なソリューションとなるであろう。また、「輸出/輸入できなくなること(制裁など)」や「没収その他の方法による政府の違法な干渉」(Expropriation and unlawful interference)を保険でカバーする必要性が高いかどうかは、各企業の取引相手国がどこかによって大きく異なると考えられる。

なお本報告書にはアンケート調査の結果に加えて、次のような地政学的リスクに関連する4つの事例が紹介されている。地政学的リスクにご興味をお持ちの方々にはご一読をお勧めしたい。

- フィリピンのオンラインゲーム業界
- Duqu2.0によるサイバー攻撃に対するカスペルスキー社の対応
- 政治的動機によるサイバー攻撃からの重要情報の保護
- 英国のEU(欧州連合)離脱が労働者のメンタルヘルスにどのような影響を与えるか

■報告書本文の入手先(PDF20ページ/約1.1MB)
https://pantaray.eu/geopolitical-risk-report-2019/

注1) 第71回:各国のビジネス環境におけるリスクの総合的ランキング2019年版
2019 FM Global Resilience Index (https://www.risktaisaku.com/articles/-/17700

注2) 「地政学的リスク」の分類方法に明確な定義はないため、本稿の図 1 に列挙されているものは、あくまでもPANTA RAY社が考える地政学的リスクの種類であって、標準的な分類が示されている訳ではない。

注3) 例えば次の報告書でも、「サイバー攻撃とデータ漏えい(Cyber attack and data breach)」が2013年ごろから急増していることがわかる。
第70回:サプライチェーンのレジリエンスに関するここ10年間のトレンド
BCI / Supply Chain Resilience 10 Year Trend Analysis (https://www.risktaisaku.com/articles/-/17424

注4) 「Financial downturn」を本稿では「経済の低迷」と訳したが、これは「財政の悪化」と訳すべきなのかも知れない。報告書本文の文脈からは判断できなかったため、本稿では企業に対してより直接的な影響が大きいと考えられる「経済の低迷」を採用した。

(了)