リスクマネジメント最前線より

2012年より中東地域を中心に断続的に人への感染が確認されている新型のコロナウイルスの感染拡大が懸念されている。厚生労働省は2013年5月24日、ウイルス分類に関する国際委員会が、当病原体を「MERS-CoV(※1)」と命名したことを受け、当病原体の名前を「MERS(マーズ)コロナウイルス」とし、感染症の名前を「MERS(中東呼吸器症候群)」とすると発表した。本稿では、このMERS(マーズ)コロナウイルスについての状況をまとめるとともに、病原体が類似するSARS(重症急性呼吸器症候群)の2003年の流行を振り返り、想定すべき事態と企業に求められる備えについて解説する。

1.MERS(マーズ)コロナウイルスの状況


(1)発生状況
世界保健機関(WHO)によると、2013年6月2日までに、MERS(マーズ)コロナウイルスの人への感染は世界で53人確認されており、うち30人が死亡している。サウジアラビアで最も多くの38人の感染が確認されており(うち24人が死亡)、周辺のカタール、ヨルダン、アラブ首長国連邦、また欧州でも英国、フランス、イタリアで感染が確認されている。

(2)MERS(マーズ)コロナウイルスの特徴
MERS(マーズ)コロナウイルスは、遺伝子的にSARSウイルスに類似しており、感染すると発熱・咳・呼吸困難が発生し、ひどい場合には肺炎を引き起こす等、症状にも共通点が多い。加えて、SARSではみられなかった腎臓機能の急激な低下といった症状も散見され、これまでに確認されている感染者の致死率はSARS(10%程度)よりも高く、50%を超える。一方で感染力については、現時点ではSARSウイルスに比べて弱いとの見方がなされている。

感染経路については、英国、フランスの感染者の中に中東への直前の渡航歴のない人がいること、またサウジアラビアでは感染者と接した医療関係者への感染が確認されていることなどから、WHOは人から人への感染の可能性を指摘しているが、未だ明らかとなっていない。通常のコロナウイルスは、飛まつ感染や接触感染により伝播するが、MERS(マーズ)コロナウイルスについては、患者の排泄物を介して感染したとの研究結果も発表されている。治療方法については、現在MERSに対する有効なワクチンはなく、対症療法が中心となる。

※1 Middle East respiratory syndrome corona virus

2.今後想定すべき事態


(1)SARS流行の振り返り
前述の通り、MERS(マーズ)コロナウイルスは、2003年に中国を中心に流行したSARSウイルスに類似したウイルスである。そこで、今後のMERS(マーズ)コロナウイルスの感染の拡大等を考えるにあたって、SARSの流行を振り返ることとする。

SARSの流行は、2002年11月に中国広東省で原因不明の肺炎が散発的に確認されたことに端を発する。その後約2ヶ月のうちに感染確認数が急激に増加し、中国政府は2003年2月11日、WHOに対し305人の感染(うち死亡者は5人)を報告した。その後も3月から4月にかけ感染者は増加し、発生から制圧までの短期間に、延べ30の国と地域で約5,910人の感染者が確認された(感染疑いを入れると8,437人)(図1参照)。