4.おわりに
図上訓練は、実際の災害を模擬したシナリオに沿ってプレーヤーが連携して課題に取り組み、意思決定や情報伝達を組織的に行う能力を高めることを大きな目的としている。しかしながら、既存の図上訓練では、個々の課題に関する目標達成水準が不明確であったために、問題に気づいたとしても、どこで何がいけなかったのか、はっきりとはわからない事例が多かった。さらには、問題の発生自体に気づけない事例もあったことと推察する。

本稿で紹介した情報伝達・共有型図上訓練のように、業務の目標達成水準を明確化し、時間を計測することにより、災害対応業務の実施体制改善に向けたより具体的な示唆が得られる。なお、この訓練手法については、プレーヤーが業務の流れを形式的にこなすようになり、柔軟性が失われる、との批判がある。

これに対し、筆者らは、今回のDMOCの立ち上げのように、プレーヤーが不慣れな状況では、まずは、プレーヤーに計画に沿った基本的な連携の流れを習得してもらう必要があると考えている。そのような基本形の習得をせずに、災害時の高負荷の状況下でいきなり組織として柔軟な対処ができるとは、考えにくい。

外部からの応援を受ける手順など、定型的な事務作業が素早くできれば、その分、事態の変化に対処するための時間を作ることができる。逆に、このような作業に手間取れば、その分、重要な作業に割く時間が減る。

もちろん、計画が常に正しいと考えるのは誤りであり、現行の計画が適切な業務の流れを担保できているか、プレーヤーの意見を取り入れながら改善を行うことが大事である。この際にも、情報伝達・共有型図上訓練から得られる評価結果は、議論の種として活用できる。たとえば、時間を要した個別行動について、プレーヤーとともにその原因を探り、時間短縮の必要があれば、その現実的な手段を考えることができる。

あるいは、時間がかかっても着実に実施すべき作業であれば、全体の業務の流れの中にその作業を明確に位置づけ、他の部分に要する時間を減らす等により、目標とする時点までに当該作業をこなせるように業務の流れを整理する必要がある。

今回の訓練で見いだされた課題には、市町村の災害対応にも通じる部分がある。筆者らの研究チームでは、これまでに、情報伝達・共有型図上訓練を北九州市に加え、北海道江別市、横浜市旭区、香川県坂出市のご協力を得て実施している。

今回の訓練でいう調整グループは、市町村の場合には災害対策本部の事務局にあたり、多くの情報が集まる一方、様々な連絡先があるため、予定されていた個別行動を迅速にこなしきれない事例もみられる。

また、災害対策本部事務局に限らず、都道府県や国レベルの組織による後方支援への対応や、ふだん連携して活動することが少ない部局同士の応援についても、要注意である。実施すべき事項を明示的に手続化して職員が習熟しておく、連携すべき部局を事前に明確化しておく、等の事前対策が組織としての意思決定の迅速化につながると考える。このような改善のきっかけとして、情報伝達・共有型図上訓練とその支援システムが役立つことを願っている。

<参考文献>
郡山一明、伊藤重彦、加藤尊秋(2016):
災害医療に必要な非日常性(上):体制構築、ICS 化、訓練パッケージ開発、リスク対策.com、Vol.53、82-84.

災害医療・作戦指令センター(2015):
北九州市医師会医療救護計画訓練計画書、災害医療・作戦指令センター.

加藤尊秋(2014):
組織としての災害対応能力向上に向けて:平成25年度北九州市総合防災訓練における技術実証、リスク対策.COM、Vol.42、34-43.

加藤尊秋、麻生英輝、松元健悟、木本朋秀、白石明彦、梅木久夫、田中耕平、松本裕二、稲田耕司、日南顕次 (2014):
図上シミュレーション訓練を用いた市町村における部局間連携能力の定量的評価、 地域安全学会論文集、24、43-52.

(了)

※前編はこちらからご覧いただけます。
特別寄稿 災害医療に必要な非日常性(上)
- 体制構築、ICS 化、訓練パッケージ開発 -