「改正日本輿地路程全図・寛政3年」 (長久保赤水顕彰会 蔵 84.6×28.8cm)

土木技術者・増田善之助の手書き地図

増田善之助(1928~2017)の名前は初耳だった。彼の作品に初めて接して激しく心を揺さぶられた。晩年の作家永井荷風が東京下町情緒を愛したように、東京都葛飾区(出身地)にお住まいだった善之助氏も東京下町をこよなく愛したようである。

善之助氏は、文京区役所土木部管理課に土木技術職として勤務し、定年後は手描き地図に没頭したという。そのきっかけは、20代後半の頃、当時生まれたばかりのお子さん(娘さんが2人いる)を乳母車に乗せて散歩をしている際に見かけた道標が気になり、史跡を調べるようになったことからだという。史実調査が興味対象で、その結果をまとめる手段として地図を描くようになったとのことだ。

本年春、善之助氏は他界された。享年88歳。善之助氏の詳しい経歴は今一つ不明だが、少年の頃から郷土史に興味をもった善之助氏は、江戸時代から明治時代の地図をもとに現在の河川・道路・鉄道など自分の表現したい内容を丁寧に調べ、美しい色彩で独自の作品を完成させた。善之助氏の手描き地図は、独創的で「みごと」の一言に尽きる。センスあふれる「芸術作品」と言ったら語弊があろうか。

増田善之助作(提供:国土地理院)

善之助氏の地図に接した人なら、描かれた地域の魅力をただちに再発見できる。地図の魅力を紹介した楽しい図書『地図趣味』(著者:杉浦貴美子)の中で、杉浦さんは「手描き地図師に会いに行く」と題し手描き地図作製者増田善之助氏の作品を紹介し、高く評価している。杉浦さんが善之助氏の手描き地図を紹介した文を一部引用したい。

「描き続けて半世紀、これまでに描かれた枚数は500点以上。しかも調査から下図作成、色付けまですべて増田さん一人の手で生み出されているのです。何といっても魅力的なのは細密な絵画のような美しさ。増田さんに地図を作る上で特に配慮していることを尋ねると、『分かりやすいこと』と即答が返ってきました。そう、増田さんの地図は初めて見る人にも直感的に分かるように作られています。地図は情報の種類が多層になっているので、その整理や取捨選択にはかなりの労力が必要です。それが地図の善し悪しを決めるといっても過言ではありま
せん。増田さんの場合、そのエリアの調査をする段階でラフ地図が頭に描けて
いるからこそできる技なのです。また、持ち前の絵画センスと、長年にわたる修練で培った技術から生まれた、その緻密で精細な地図群はもはや工芸作品の域に達しています」。

(作製された地図は、葛飾区立図書館や板橋区公文書館にも所蔵されている)

参考文献:国土地理院プレスリリース、長久保赤水顕彰会文献、毎日新聞・建設通信新聞関連記事、筑波大学附属図書館・茨城県立図書館・高萩市教育委員会関連文献、「地図趣味」(杉浦貴美子)及び杉浦様の情報

(つづく)