2019/06/14
知られていない感染病の脅威
人獣共通感染病としての牛型結核
1.加熱殺菌した牛乳の飲用により牛型結核罹患の危険度は減少
古くから牛肉が食べられ、牛乳が日常的に飲まれてきた欧米諸国では、早くから、牛型結核菌に汚染された牛乳の飲用による、人の牛型結核の発生と流行が社会問題になっていました。牛乳の飲用による牛型結核菌の感染が、咽頭や扁桃で起これば、頸部リンパ節結核として、腸に感染が起これば腸間膜リンパ節に病変ができることは知られていました。その対策として、搾乳された生の牛乳(生乳)を、あらかじめ加熱して牛型結核菌を殺菌し、その後に飲用する方策が考えられ実施されました。
日本でも、明治に入り近代化が進み、牛肉や豚肉などの獣肉を食する習慣が導入され、牛乳を飲むことも普及しました。それに伴い、牛型結核にかかった牛の牛乳を飲用することにより罹患するケースが増え、社会的な問題が生じました。畜産農家においても、飼育している牛から牛への感染が起き、問題になってきていました。
明治政府はこの事態への対応を迫られ、明治 33年(1900年)に牛乳営業取締規則が公布され、牛乳の殺菌が義務付けられました。翌明治34年(1901年)には、畜牛結核予防法が公布され、乳用牛に限定して、臨床的な診察とツベルクリン反応検査(牛型結核菌を抗原として用い、尻尾の付け根の柔らかい皮膚で反応を実施)による結核の診断が義務付けられました。検査は定期的に実施され、陽性を示した牛は、結核菌または牛型結核菌に感染していると判断され、殺処分されることになりました。この行政対応は現在でも変わっていません。
その結果、ツベルクリン反応検査を始めた初期には、陽性率は4%認められていましたが、1960年代までには0.003%以下に激減し、国内で飼育されている乳牛の牛型結核菌感染は、問題にならないくらいに減少したことが分かりました。
しかし、(搾乳を行わない)肉用牛にはツベルクリン反応は実施されておらず、現在でも、集約的な多頭飼育化による集団で飼育されている牛での発生が稀に見られています。
牛型結核の発生し続けている国では、牛型結核菌に汚染された牛乳を加熱殺菌しないまま飲用しているために、人での本病の発生が止まっていないと考えられています。このような国では、特に若年層での発病事例が多いようです。
以上のように、日本を含む先進国における牛型結核菌による人の結核は、牛乳の殺菌と牛型結核撲滅運動が功を奏し、ほとんど起きていません。例えばアメリカでは、人での牛型結核の発病は全結核症例の2%以下であり、イギリスでは1.5%以下、オランダでは約1.4%であったというデータが出されています。
しかし、アメリカでは、牛乳などの加熱殺菌が義務付けられていない州があります。従って、国外で生活する場合、例え先進国においてでも、牛乳などの乳製品を購入する場合、加熱されているか否かの表示をまず確かめる必要があります。先進国では、牛型結核は危険度の低い疾病になっていますが……。
牛型結核菌による人→人感染は、結核菌の場合と異なり通常起こらず、免疫不全の場合にのみ起きることが判明しています。
2.多くの国では現在でも牛型結核の脅威は下がっていない
ラテンアメリカ諸国では、現在でも毎年約7000人もの牛型結核菌感染による結核患者が発生しています。アフリカ諸国も多数出ており、結核患者の喀痰(かくたん)から分離される菌の10% 弱は牛型結核菌であるという報告もなされています。しかし、国と地域によって違いはあるようです。例えば、全ての結核患者のうちの牛型結核菌感染例は、メキシコで13.8%、その他の中米諸国で2.5%弱、ウガンダでは6.9%という数値が出されています。
また、開発途上国では、農村部と都市部において牛型結核菌の汚染度合いに大きな差のあることも報告されています。 すなわち、タンザニアの農村部で、結核患者から分離された抗酸菌の18~30% は牛型結核菌でしたが、都市部での牛型結核菌分離率ははるかに低く、分離菌のほとんどが結核菌であったと報告されています。
私たちが想像している以上に、結核菌とウシ結核菌が混合した状態で、人や動物に頻繁に感染している国は多いという実態を把握しておく必要があります。
牛型結核の脅威に対処するために
アジアでも、主として農耕用に水牛が使用されており、いろいろな種類の牛も飼育されています。シカ科の野生動物も多数生息しています。従って、アジアでも牛結核は存在していますが、欧米、アフリカと異なり牛乳を飲用する食文化が育っていないためなのか、それとも牛型結核について関心が持たれていないためなのかよく分かりませんが、人および動物の牛結核発生状況についての情報は極めて乏しいのが現状です。
先進国で生活する限り、牛型結核菌感染の危険度は低いと思われますが、これまで紹介したように、それ以外の国々で長期滞在あるいは生活する場合、牛型結核菌に感染しないための注意が必要になります。例えば、牛乳などの動物性食材の安全には十分注意を払い、その地域で飼育されている動物や野生動物との接触を極力避ける必要があります。同時に、犬や猫を飼育している場合には、可能な限り、危険な野生動物と接触させないよう注意を払いながら、飼育する必要があります。
可能であれば、中進国以下の国々において、家畜および野生動物の大規模な疫学調査を実施し、牛型結核菌の感染実態を明らかにした上で、発病早期に本菌感染動物を摘発して、これを淘汰する努力を重ねれば、近い将来、牛型結核の地球規模での撲滅は現実のものとなるでしょう。そのためには国際的な協力が不可欠になります。
次回は、抗酸菌感染症の締めくくりとして、非定型的抗酸菌感染症について紹介する予定です。
(了)
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