2016/05/24
講演録
TIEMS日本支部第11回パブリックカンファレンス
化学工場事故等に備えた地域住民との
リスクコミュニケーション
横浜国立大学大学院環境情報研究院客員准教授
(独)製品評価技術基盤機構化学物質管理センター調査官 竹田宜人氏
本日は工場の化学物質管理におけるリスクコミュニケーション(以下、リスコミ)の現状について話したいと思います。まず、化学物質管理におけるリスクの構造を見てみますと、対象は工場などで使用している化学物質で、通常の操業で排出されるものと、災害による環境への化学物質の急激な排出、放出、漏えいです。リスクをこうむる人は周辺住民や環境。ステークホルダーは住民や行政(国、地方自治体、警察、消防、自衛隊など)と、事業者自身です。
さまざまな業界のリスコミも見てみたいと思います。化学物質のほかに食品安全、災害対策、土壌汚染、放射線対策などでリスコミが重視されています。化学物質のリスコミの目的を見ると、経済産業省は住民に対して「不安を小さくするため」としています。埼玉県庁は事業者に対して「事業活動を円滑に展開するために、地域と良好な関係を築き、共存していく」ためとし、それぞれの立場で異なることがわかります。食品安全では、「国民が、物事の決定に関係者として関わる公民権や民主主義の哲学・思想を反映したものである」としており、リスコミが民主主義に基づくものとされています。いろいろな視点でリスコミを語る方がいますが、対象が何のリスクなのか、目的を明確化しないと、やろうとしていることと、根拠とするリスコミの定義がミスマッチになります。例えば災害時には「公助、自助、共助を可能とするため、(中略)現実の災害時における被害低減を図る」としています。これは非常に分かりやすくて明確なリスコミの目的と言えます。
ここで注意してほしいのは、「リスコミは説得の技術ではない」ということです。以前に、私のところにとある会社の方が来られまして、リスコミついて教えてほしいというので繊維関係の化学工場にお連れしたところ、非常にがっかりされました。なぜかというと、リスコミは住民の方をあっという間に説得できる手法だと思っていたらしいのですが、そうではないということが分かったからです。見学した会社は明治時代から操業しており、設立当初からこれまで地域住民と長いコミュニケーションを続けている会社でした。事故の情報も全て出して話し合っているから、住民とうまくコミュニケーションがとれているのです。「来月までに何とかできるというものではありません」というお話をさせてもらったので、根気強く続けることの重要性に気が付かれたのだと思います。リスコミは説得の手段と勘違いされている方は多いですが、そうではないのです。
私たちが調査してきたリスコミの形態では、実にさまざまなものがありました。夏祭りやオープンファクトリーという形で地域に工場を開放する取り組みや、工場周辺の掃除や環境美化活動、防災訓練の地域との共同開催など、日常的にさまざまなコミュニケ―ションを工場は行っています。その際に、自社の環境対応に関する説明を同時行い、PRTR制度における化学物質の排出の話や省エネ対策の話をしている事業所が多く、このような場所でリスコミは成り立つのです。話題は、何でもいいと思います。環境保全の話でもいいし、防災の話でもいい。意外に話題に上るのが、社員のマナーの問題です。従業員が近くのコンビニエンスストアにたむろしていてマナーが悪いなどの苦情も住民の方から指摘され、カイゼンに役立てている企業も増えています。
最近では、工場を学校教育の場として活用するケースもあります。このようにいろいろなステークホルダーとさまざまなコミュニケーションをとっていることは、日本企業の良い事例なのです。リスコミと言うと、特別なことをしなくてはいけないと考えておられる方が多いのですが、日本企業は昔から周辺地域とのコミュニケーションについて、経験豊富なのです。そのなかに防災や環境保全などリスクへの対応に関する話を入れるだけで十分だと考えています。
講演録の他の記事
おすすめ記事
-
パリ2024のテロ対策期間中の計画を阻止した点では成功
2024年最大のイベントだったパリオリンピック。ロシアのウクライナ侵略や激化する中東情勢など、世界的に不安定な時期での開催だった。パリ大会のテロ対策は成功だったのか、危機管理が専門で日本大学危機管理学部教授である福田充氏とともにパリオリンピックを振り返った。
2024/11/29
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/26
-
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方