2022/06/12
講演録
危機管理担当者の役割とは何か。5月25日に開催したリスク対策.com主催の危機管理カンファレンス2022春では、元ニューヨーク市緊急事態管理局副長官で、現NYU Langone Health社エマージェンシーマネジメント・レジリエンス担当シニアディレクターのケリーマッキニー氏が「危機管理担当者の役割ー激動のクライシスマネジメント(9.11からCovid-19までのニューヨーク市)において」をテーマに講演した。2001年の同時多発テロ、そして世界最悪の感染状況とも言われたCovid-19への対応を通じて何を学んだことは何か。危機管理担当者はいかなる心構えで、危機発生時に何をすべきか。講演内容を紹介する。
災害を自分のものとして考える(Own the disaster)
20年以上にわたり、私はここ、ニューヨーク市で危機管理担当者として務めてきました。危機管理という分野には、さまざまなキャッチフレーズが存在しますが、その中の1つが「Own the job(仕事を所有する/任務を自分のものとして考える)」というものです。災害の最終責任は政府にある一方、「Own the disaster(災害を自分のものとして考える)」は、危機管理担当者の仕事です。「Ownership(所有者/当事者意識)」という言葉は、人によって捉え方が異なります。家や車を所有することだと考える人もいれば、人生の選択肢を引き受ける、というような文脈で捉える人もいるでしょう。災害時の「Ownership」は、どちらかというと後者のことを意味します。たとえプロセスや結果について全権を与えられていなかったとしても、率先して行動を起こす責任という意味です。
一方、職務とは、上司から与えられたり、あるいは役職に伴う責任です。けれど危機を所有する者は、失敗を伴う結果にも向き合うことを厭わない者でなくてはいけません。皆が危機から逃れようとする中、危機に立ち向かっていくことこそ、私たち危機管理担当者がすべきことです。
この20年間、ニューヨーク市では2001年の炭疽菌テロからアメリカン航空587便墜落事故、暴風雪、蒸気配管の爆発、熱波、タワークレーンの倒壊、そしてハリケーン·アイリーンやサンディに至るまで、何十何百という危機に立ち向かいました。私たちニューヨークの危機管理担当者たちは、歴史を目撃したという以上に、歴史をつくってきたのです。この20年間は、私たちにとって特殊な時代でした。2001年9月、澄み切った晴天の朝の出来事には、特に影響を受けています。それまでの10年間と同じように、その日の朝も地下鉄のチャーチ·アンド·チャンバーズ·ストリート駅から出てきたところでした。でも目の前の世界は、それまでの世界と全く違いました。普段の喧騒や行き交う人々の姿は無く、車も人もその場で固まっていたのです。皆がそうしていたように、私も上空を見上げてみると、ワールド·トレード·センター(1WTC)北タワーの89階から巨大な黒煙が上がるのを目にしました。目の前の光景が信じられず、現実の出来事には思えませんでした。映画か何かのようでした。大規模災害発生時、最初の数分間、多数の人々がそのように感じます。カオスの中に飛び込むような不思議な感覚を覚えたという人もいます。また、上から自分を見下ろしているような気分だったと話す人もいます。変化を感じる脳が、そのような感覚を起こすのでしょう。あの日から学んだことを一つ挙げるとすれば、それは大規模災害直後の数時間、全てが異なって見えるということです。私たちは、普段の現実とは全く異なる新しい現実に投げ出されることになるのです。この新しい現実とは、日常生活の単なるバリエーションではありません。同じ線の片方に日常生活があり、もう片方に目まぐるしく進む時間があるというようなものではないのです。災害は、根本的に異なる、異質で忌まわしいものです。秩序ある合理的な世界とは違う、パラレルワールドです。カオスと混乱が支配する、パラレルワールドなのです。
パラレルワールドの結果を軽減させること
パラレルワールドでは、原因があって結果があるという普通の基本的論理ルールでさえ通じません。言葉では言い表せない、非常に奇妙で奇怪な場所です。けれど秩序ある合理的な世界から離れ、トンネルのような抜け道を通ってパラレルワールドに入り、荒れ狂う危機というモンスターに立ち向かわなければいけないのです。モンスターというのは、風速230キロの熱帯低気圧が街を襲うような広範かつ広大なものから、金曜日の礼拝中のモスクにアサルトライフルを手にした白人至上主義者が襲撃するような集中的かつ破壊的なものに至るまで、あらゆるものが考えられます。パラレルワールドで出会う危機は普通の事故や単なる概念ではないことを知っておくべきです。
普通の人間は、こうした存在について考えようとしません。その存在を考えないで済むよう、遮断してしまうのです。危機管理担当者は、この危機に立ち向かわなければいけません。最初の瞬間は、暗い地下室に放り込まれたように感じられます。コルチゾールやアドレナリンといったホルモンが大量に分泌され、明確に考えることができなくなります。
実際、私たちは闘争·逃走本能に支配されるうちに、脳がいわゆる「トカゲ脳(脳の大脳辺縁系にある扁桃体というところで、感情が生み出される部分)」になっていき、高度な思考が失われていきます。これこそまさにパラレルワールドであり、また全ての危機管理担当者に決断が求められる瞬間でもあります。普通の人たちは、レンガの壁のように分厚い「拒絶の壁」を作り、その存在を遮断し考えないようにしています。私はこの壁を「希望のレンガ壁」と呼んでいます。でも私たち危機管理担当者は、この希望のレンガを超えていく必要があります。
例えば、私は30年以上、セントラルパークすぐ近くの、緑の広場北西の角に住んでいます。素晴らしいこの世界都市が、私は大好きです。巨大都市は莫大な資産と強さを兼ね備えている、と大抵の人が思っています。けれどこの2年間で目の当たりにした通り、大いなる強さは、瞬く間に大いなる脆弱性へと姿を変えてしまうことがあります。面積300平方マイル、乾燥したニューヨークの街には、850万もの人々が暮らしています。複雑な地形のこの街は、海抜わずか50フィートです。ニューヨーク市を構成する3つの島とひとつの半島を繋ぐのは、か細い橋やトンネル、そして老朽化した交通網です。これが希望の壁の奥に広がる現実です。
世界最大の都市である東京もまた、脅威の多い環境に囲まれています。ベリスク·メープルクロフト(Verisk Maplecroft)氏の2021年の調査によると、東京は自然災害に対し世界で最も脆弱な街だそうです。東京の活力を維持するには、電力や燃料、食料、水、データ、交通、資金、医療といったリソースやサービスが必要です。またこれらを動かす大規模インフラが不可欠です。相互につながり合う入り組んだシステム網。巨大な計算能力と複雑な数学的アルゴリズムで補強された、システムズ·オブ·システムズです。
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