1. はじめに

前回までのコラムで、認知症の初期症状への気づきの遅れや、遠距離介護の苦労について触れてきました。「まさか自分の親が」という思いが、現実を直視することを妨げていた時期が長く続いたことは、今でも悔やまれます。しかし、認知症という診断を受けてからも、私はまだある大きな「壁」に気づいていませんでした。それが「要介護認定」という介護保険制度の壁です。

2. 要介護認定―他人事だと思っていた私の転落

「お母さんは要介護1の認定を受けられましたね。これでデイケアのサービスも利用できますよ」

地元の神経科病院の医師がそう言ったとき、正直、私はその言葉の重みを全く理解していませんでした。「要介護1」という言葉すら初めて聞いたような気がします。まるで風邪で「軽度の炎症があります」と言われたような、そんな軽い受け止め方でした。サラリーマンとして目の前の仕事に追われる日々の中で、「介護保険制度」について学ぶ優先順位は限りなく低かったのです。

認知症は治療で治ると思い込んでいた私にとって、「要介護1」は単なる「診断名」のようなものであり、「治療の一環としてデイケアに通う」というくらいの認識でした。

そして、大きな勘違いをしていました。認定調査のために村役場の福祉課職員やケアマネジャー、看護師が母の家を訪れるようになったとき、私はどこか彼らを「敵」のように感じていたのです。「なぜ母を認知症と決めつけるのか」「まだこれくらいなら一人で生活できるはずだ」―そんな思いが私の心の中にありました。

今思えば恥ずかしい限りです。彼らは私と母にとって最大の味方だったのです。遠距離介護の限界を補ってくれる、かけがえのない支援者だったのです。

3. 介護現場の天使たち ― 理解を示さない私を見捨てなかった専門家たち

私にとって最大の幸運は、介護の現実を受け入れられない私に対しても、忍耐強く寄り添ってくれた専門家たちとの出会いでした。母親を両面から支えてくれる体制があったことに、今は感謝しています。

ケアマネジャーは介護保険制度や生活面でのサポートについて、神経科病院の看護師さんは医療的な側面から、それぞれ母親の状況を分かりやすく説明してくれました。認知症の現実から目を背け、制度の重要性も理解しようとしなかった私に対して、これらの専門家たちは決して説教することなく、一つひとつ丁寧に状況を説明してくれました。ときには厳しい現実を伝えることもありましたが、それは常に母のためを思ってのことでした。

特に忘れられないのは、小規模多機能型施設のケアマネジャーさんやヘルパーさんたち(男性も女性も)の献身的な姿勢です。COVID-19に罹患した母親のケアをする中で、「今日は熱が下がらない状況です」「甘酒を買ってもいいですか」など、まるで家族のように母を心配し、遠方にいる私たちにも気遣いの言葉を音声やメールで伝えてくれていました。自宅に設置したカメラの録画を通じてその様子を見たとき、防護服に身を包み懸命に介護する姿、そしてまさかこんなに苦労して看病してくださっていたのかと知り、心から打たれ、頭が下がる思いでした。

これらの方々の存在があったからこそ、私は今、このように冷静に自分の経験を振り返り、原稿を書くことができているのだと思います。すべての介護者がこのような素晴らしい専門家に恵まれるとは限りません。私の場合は、単に「運」が良かったのかもしれません。

【良質な専門家との関係づくりのポイント】

ポイント 内容 重要度
相性 コミュニケーションのしやすさ、価値観の共有 ★★★
質問力 本人・家族の状況や希望をどれだけ丁寧に聞き出すか ★★★
情報提供 介護保険サービス以外の地域独自サービスも紹介してくれるか ★★
アクセス 緊急時の連絡しやすさ、対応の速さ ★★★
柔軟性 状況変化に応じたプラン変更の提案をしてくれるか ★★
連携力 介護と医療の専門家が連携して支援してくれるか ★★★
共感力 家族のような視点で本人と家族を気遣えるか ★★★

※相性が合わないと感じたら、遠慮なく変更を検討しましょう。