災害から命を守れ ~市民・従業員のためのファーストレスポンダー教育~
【第6章】 災害救護 2 (後編)
要救助者の全身観察方法と搬送技術
株式会社日本防災デザイン /
CTO、元在日米陸軍消防本部統合消防次長
熊丸 由布治
熊丸 由布治
1980年在日米陸軍消防署に入隊、2006年日本人初の在日米陸軍消防本部統合消防次長に就任する。3・11では米軍が展開した「トモダチ作戦」で後方支援業務を担当。現在は、日本防災デザインCTOとして、企業の危機管理コンサルや、新しい形の研修訓練の企画・実施を行う一方、「消防団の教育訓練等に関する検討会」委員、原子力賠償支援機構復興分科会専門委員、「大規模イベント開催時の危機管理等における消防機関のあり方に関する研究会」検討会委員、福島県救急・災害対応医療機器ビジネスモデル検討会委員、原子力総合防災訓練外部評価員、国際医療福祉大学大学院非常勤講師、(一社)ふくしま総合災害対応訓練機構プログラム運営開発委員長等の役職を歴任。著作:「311以後の日本の危機管理を問う」、オクラホマ州立大学国際消防訓練協会出版部発行「消防業務エッセンシャルズ第6改訂版」監訳、「危険物・テロ災害初動対応ガイドブック」等。
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※前編はこちらから 第6章 災害救護 2(前編)
【全身観察について】
さて、災害現場にて要救助者に対するトリアージと応急処置を施した後、市民救助隊(Community First Responder、以下CFR)、または民間事業者緊急対応チーム(Corporate Emergency Response Team、以下CERT)メンバーは要救助者を安全な処置エリアまで搬送する(搬送方法については後述する)。処置エリアでは要救助者に対し再度「殺し屋」(気道閉塞・多量の出血・ショックの兆候・クラッシュシンドロームの兆候)を確認した上でさらなる全身観察を行う必要がある。全身観察を行う主な目的は以下の3つである。
• 外傷の状態を可能な限り詳しく特定する。
• どのような処置が必要なのか明らかにする。
• 外傷の状態を記録する。
繰り返しになるが、全身観察をしている間も個人保護具は必須条件だ。前述したようにノンラテックスグローブの在庫に限りのある場合、1人の要救助者に対する処置ごとに消毒水でゴム手袋を洗浄することを推奨する。
■全身観察での確認項目
全身観察では要救助者の体の全ての部分に対して以下の8つの異常がないかを確認する。
1. Deformities→変形
2. Contusions(Bruising)→打撲傷(紫斑)
3. Abrasions→擦過傷
4. Punctures→刺し傷
5. Burns→火傷
6. Tenderness→圧痛
7. Lacerations→裂傷
8. Swelling→腫上り
DCAP-BTLS(ディーキャップ-ビーティーエルエス)と英語の頭文字を取ると暗記しやすいので、あえて英語での説明を加えた。全身観察はたとえ軽症に思えても、全ての要救助者に対して行わなければならない。
前章でも述べたが意識のある要救助者に対しては必ず口頭で処置の許可を得ることも忘れてはならない。要救助者は処置を拒む権利を有しているのだ。要救助者と適切なコミュニケーションを取る行為は要救助者の心理的不安を軽減させる効果も期待できるだろう(第2章:災害心理学~勇気の心と寄り添う心参照)。
※全身観察に関しては医療行為の一部に入るので、一般人はやるべきではないとの意見もあると思うが、助けなければならない人が目の前にいて何もしないでもいいとは筆者は思わない。心肺蘇生法やAEDが、多く一般の方々にも普及して来たように、このシリーズ全般で述べている知識と技術を少しでも多くの方々に学んでいただき、現場で役に立つ為の一つの情報と捉えて頂ければありがたい。しかし、下記でも再度強調しているように「訓練を積んでスキルを上げなければ正しい全身観察を実施することは困難である」という事は忘れないでいただきたい。
■全身観察の実施
全身観察は迅速に正確に行う必要がある。言うまでもないことだが、訓練を積んでスキルを上げなければ正しい全身観察を実施することは困難である。何か異常がないか、常に注意深く「見る・聞く・感じる」という五感を最大限に集中して行う。また意識不明の要救助者に対しては、非開放性頭部損傷または頸椎損傷の疑いありと見て全身観察を実施すること。
それでは具体的な全身観察の順序を説明する。
1. 頭
2. 首
3. 肩
4. 胸
5. 腕
6. 腹
7. 骨盤
8. 足
全身観察を上記の順序で実施している間、CFRまたはCERTメンバーは常に要救助者の四肢のPMS(脈拍・動き・感覚)を確認する。また要救助者の医療IDをブレスレットやネックレスなどから探すことも忘れないこと。
■非開放性頭部損傷または頸椎損傷の疑い
非開放性頭部損傷または頸椎損傷の疑いがある要救助者に対しては細心の注意を払って全身観察を行わなければならない。極力、頭や首、脊椎の動きを最小限に抑え、要救助者が痛みを感じるような処置は行わないこと。非開放性頭部損傷または頸椎損傷の疑いがある場合は、生命危機状態にあると心得るべきだ。
次に非開放性頭部損傷または頸椎損傷の兆候を紹介するので参考にしていただきたい。
• 意識状態の変化
• 体の一部が動かない
• 頭部、首、背中への激痛
• 四肢に刺すような痛み、あるいは痺れ
• 呼吸困難または視界不良
• 頭部からの大量の出血、・頭部脊柱部の紫斑、変形
• 鼻や耳からの出血や分泌液
• 耳の後ろ側の紫斑(バトル徴候)
• パンダの眼徴候(眼窩周囲斑状出血)
• 瞳孔不均衡
• けいれん
• 吐き気・嘔吐
• 倒壊建物の一部または重量物に挟まれて発見された要救助者
災害現場では資材に限りがある。CFRまたはCERTメンバーは想像力を駆使してクリエイティブでなければならない。頸椎損傷の疑いがある要救助者の首をどのように固定すればよいのか、またどのように搬送すればよいのかなど現場にあるものを最大限に活用して適切なアクションを取るのである。例えばバックボード(担架)の代わりになるドア、机、建築物の一部などを探したり、首を固定するためにタオル、カーテン、衣類を活用するなどである。
災害救護は通常の救急救命処置とは異なるため、違いを認識しなければならない。頸椎損傷の疑いがある要救助者であっても危機が目前に迫っている状況下においては、頸椎損傷のリスクより目前に迫る命のリスクに対し救助者、要救助者共に優先順位を置かなければならない。さあ、それでは全身観察の練習をしてみよう!
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