3.市民や日系企業の対応について


3.1.1. 市民の対応

タイ英字紙『ネーション(The Nation)』は2014年1月6日、今回の「首都封鎖」が2011年のタイ大洪水以来の混乱を招く可能性もあるとして、事前の準備をできるだけ行うよう市民に呼びかけた(表 3)。多くの市民が、過去の経験を踏まえ、FacebookやTwitterなどを通じて情報収集を行うとともに、自動車を使わず、公共交通機関や自転車、徒歩などで移動するよう心がけているという。

また、在宅勤務を行う人も多く、今回のデモを、このような事態においてもバンコクの通信インフラが機能するかどうかを試す「試金石」として捉えている向きも少なくない。

 表 3 『ネーション』紙が呼びかけた「バンコク封鎖」に向けた準備の例(※9)

自動車

・    当日は車を使わない「ノー・カー・デー」にしよう

・    なるべく歩こう

・    スカイトレイン(BTS)や地下鉄(MRT)を利用しよう

・    自転車に乗ろう

バイク

・    バイクを買おう

自転車

・    自転車ショップや修理店は開店しよう(自転車の修理依頼が増えることに備えて)

仕事

・    在宅勤務をしよう

カネ

・    十分な現金を用意しておこう

食料

・    食品や水、スナック菓子などを備蓄しておこう(消費者向け)

・    食料品や飲料などの宅配ビジネスを立ち上げよう(小売業向け)

服装

・    履きなれた靴を履こう(いつもより多く歩くことに備えて)

3.1.2. 日系企業の対応


13日の「バンコク封鎖」から1週間余りが経過し、反政府派はインラック首相が辞任するまで徹底的に抗戦するという姿勢を見せるなかで、デモの長期化に伴う企業への影響拡大が懸念されている。バンコク全域に発令された「非常事態宣言」や実施が予定されている総選挙など、バンコクの現地情勢は引き続き混迷を極めており、タイに現地法人を持つ日系企業は、今もなお、その対応に追われているのが現状である。

少なくとも筆者が知り得るクライアント企業は、今回の「バンコク封鎖」に備えた対応について、冷静かつ着実な行動を実施している。当初より、今回の反政府デモが“平和的”かつ“計画的”に進行したこともあり、タイ現地法人と日本本社の双方において、刻々と変化する現地の状況やタイ現地法人の対応などに関する情報共有が継続的になされていたケースが多くみられた。

ここでは、今回のバンコク封鎖に向けた日系企業の備え、そして、実際に迎えた13日の「バンコク封鎖」時の動きに対する日系企業の対応を解説する。なお、これらは日系企業へのヒアリングや現地報道を通じて収集した事例であり、あくまでも一例であることを付け加えておく。

「バンコク封鎖」に向けた日系企業の備え

今年に入ってから、タイにおける政治的な緊張がさらに高まり、バンコクに拠点を持つ多くの日系企業がその対応に追われていた。特に13日に実施することが予告されていた「バンコク封鎖」に向けて、日本の年末年始の連休が明けた1月6日ごろから、日本本社とタイ現地法人の間で、その対応策についての検討が始まった。また、反政府デモ隊が13日からバンコク中心部の主要7交差点を封鎖し、一部の電気や水道を止め、首都機能を停止させる計画であるとの報道が広がると、その対応をさらに活発化させている。

まず、多くの日系企業が始めたのは、現地のメディアやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、ローカルスタッフ、在タイ日本国大使館などからの情報収集であった。幸いにも、「バンコク封鎖」やデモ・集会の場所がすでに公表されていたため、近隣にオフィスを構えている日系企業では、1月10日ごろには休業や自宅待機、代替オフィスへの移転、操業時間の短縮、出張の自粛といった対応の検討を進めていた。

表 4 「バンコク封鎖」に向けた日系企業の備え(※11)

項 目

内 容

出 張

現地法人に加え、日本本社でも必要最低限のタイへの出張は許可した

「中止・延期」が可能な出張については、中止・延期を促した

生活面

2週間分の冷凍食品や保存食、スナック菓子類、現金、飲料水を確保した

社員の社有車使用は自粛させ、スカイトレイン(BTS)や地下鉄(MRT)の利用を指示した

労務面

ローカルスタッフには、SNSなどを使った情報収集を依頼した

ローカルスタッフには、できる限りデモに参加しないよう呼びかけた

ローカルマネージャーには、ローカルスタッフの士気や言動を注視するよう指示し、デモ参加者については、その名前、参加場所などを把握するようにした

営業は続けるとしたため、日本人駐在員用にオフィス近隣のホテルを予約した

事業活動

13日の営業活動については、デモの状況をみながら通常どおりの営業活動を予定した。場合によって休業することを想定した代替拠点の確保を検討した

早々に13日の操業は停止することに決めた。ローカルスタッフは自宅待機、日本人駐在員には緊急連絡網による連絡ルールを徹底するとともに、パソコン持参による在宅勤務の手配をした

税関や在留許可などの諸手続きについて、関係当局へ今後の対応に関する問合せをした

取引先に対して、13日の操業停止を想定した納期の変更、納品の前倒し、在庫の積み増しを行った

総じて、多くの日系企業は現況を注視しつつ、さまざまな情報を基に「バンコク」封鎖当日のシミュレーションを繰り返しイメージしていた。あくまで“平和的”なデモであるとの前提で、原則、普段どおりの営業活動を続けるとしながらも、仮に状況が悪化した場合に備え、営業停止や代替オフィスの設置に向けた準備をする企業が多くみられた。“営業”か“停止”か、今回のケースではどちらの判断を下したとしても、事前の情報収集や意思決定、日本人駐在員やローカルスタッフへの周知、それらに関するさまざまな備え、そして日本本社との連携が多分にみられた対応であったと評価できる。このような事前対策や本社との連携こそが、グローバル企業に求められる、海外リスクマネジメントの一端であることは間違いない。

※9  “Survival Planning ahead of Shutdown,”THE NATION, January 6, 2014を基に当社作成。(アクセス日:2014年1月17日)
(URL: http://www.nationmultimedia.com/politics/Survival-planning-ahead-of-Shutdown-30223564.html
※10 写真提供:Sompo Japan Nipponkoa Brokers (Thailand) Co.,Ltd
※11 現地報道や日系企業へのヒアリングなどに基づき当社作成。