十勝岳温泉から上ホロカメットク山を望む(2008年10月筆者撮影)

11月と言えば、秋と冬の接点である。雪崩はまだ少ないと思われるかもしれない。しかし、北海道の山や富士山など、緯度の高い地域や標高の高い山は、雪崩のシーズンに入っていることに注意しなければならない。

北海道中央部の十勝岳(とかちだけ)連峰に、上(かみ)ホロカメットク山という妙な名前の山がある。標高は1920メートルだが、標高1280メートルの十勝岳温泉にある登山口まで自動車で行くことができ、そこには広い駐車場もあるので、登山者や山スキー愛好家に人気がある。しかし、この山は急斜面に木がなく、過去にたびたび雪崩事故が発生し、犠牲者を出している。

2007(平成19)年11月、上ホロカメットク山では2度の雪崩事故が発生した。最初の事故は11月13日、山頂に近い斜面で発生し、1名が巻き込まれたが幸い救助された。2度目の雪崩事故は11月23日に起きた。この日、上ホロカメットク山では、日本山岳会の冬山訓練が行われていた。12時05分頃、中腹で雪崩が発生し、訓練参加者11名が巻き込まれ、そのうち4人が死亡した。今回はこれらの事故をとりあげる。

雪崩事故多発地

図1は、NPO法人北海道雪崩研究会が公表している「雪崩MAP」である。国土地理院の「地理院地図」上に、雪崩事故のあった場所が赤丸で示されている。資料期間が明記されていないが、戦前の事例も含まれているから、数十年分のデータの蓄積があるとみられる。

画像を拡大 図1. 雪崩事故発生地点の分布図(NPO 法人北海道雪崩研究会の「雪崩 MAP」に加筆)。右図に記入した数字は発生月を示す

図1(左上)によれば、北海道内の雪崩事故は、中央部の大雪山系とその周辺、日高山脈、それに札幌の西側の山地に多いことが分かる。図1(右)に、北海道中央部の十勝岳連峰付近を拡大表示している。上ホロカメットク山から富良野岳にかけての稜線の北西側に、数十個の赤丸が重なり合っている。この場所は、まさに雪崩事故多発地と言える。

図1(右)には、雪崩事故を示す赤丸が全部で86個表示されている。そのうち、発生月日が不明の2個を除く84個について、それぞれ何月の事例であるかを図に記入してみた。発生数が最も多いのは3月で、21事例である。次いで多いのは12月、そして11月の順になっている。この領域内では、厳冬期の1月、2月より、冬の初めの11月、12月のほうが、雪崩事故が多い。

興味深いのは、11月の雪崩事故が、上ホロカメットク山の西側の斜面に集中していることである。これは、既述のとおり、急斜面に木がないというこの山の特徴が関係しているのかもしれないし、また、この時期にこの山に入山する登山者が、他の山に比べて多いのかもしれない。

表層雪崩

そもそも雪崩はどのようなメカニズムで発生するのであろうか。雪崩は一般に表層雪崩と全層雪崩の2種類に大別されることは、本連載No.17「那須雪崩事故」(2021年3月公開)でも述べた。ただし、発生数から見れば、表層雪崩が圧倒的に多く、全層雪崩はどちらかというと特殊な雪崩である。冬の初めに発生する雪崩は、ほぼ全てが表層雪崩である。

本連載No.17で指摘したように、表層雪崩では、「弱層(じゃくそう)」の形成がきわめて重要な役割を演ずる。弱層とは、雪粒同士の結合力の弱い層である。「那須雪崩事故」の場合は、南岸低気圧に伴う層状の雲から降った雪粒子が弱層を形成し、その上に積もった新雪が表層雪崩を起こした。2007年11月の上ホロカメットク山の場合はどうであろうか。

図2に、南富良野町にあるアメダス幾寅(いくとら)観測所における2007年11月1日から2週間の気象経過を示す。幾寅観測所は、上ホロカメットク山(頂)の南南西約28キロメートルに位置しており、標高は350メートルである。幾寅では、11月1日と11~12日にまとまった降水があったほか、少量の降水が何度か観測された。気温を勘案すると、この期間の降水はほとんどが雨であり、積雪は観測されていない。

画像を拡大 図2. アメダス幾寅観測所における気象要素の時系列図(2007年11月1日0時~14日24時)。 気温(左目盛)、1 時間降水量(左下目盛)、積雪深 (右目盛)。札幌の800ヘクトパスカル気温も記入

ここから、図2に基づき、上ホロカメットク山における降水を考察する。図2には、札幌における800ヘクトパスカル(高度約1900メートル)の気温も示している。その経過からみると、この期間に上ホロカメットク山の山頂(標高1920メートル)で降った降水は、すべて雪であったと考えられる。

降水の要因を確認するため、図2と同期間の日々の地上天気図を図3に掲げる。11月1日には、上ホロカメットク山でもまとまった降水があったと考えられるが、図3によれば、それは寒冷前線の通過とその後の寒気流入によるものである。3日には、気圧の谷の通過に伴い、少量の降水があった。

画像を拡大 図3. 2007年11月1日~14 日の地上天気図(各日9時、気象庁による)

8日には、北海道付近を東西にのびる気圧の谷の影響で、少量の降水があった。このとき、幾寅の降水量は1ミリメートルだが、周辺のアメダス観測所では3~5ミリメートルの降水が観測されている。上ホロカメットク山の降水量も数ミリメートルと見られ、中腹より上では10センチメートル程度の降雪となったはずである。

しもざらめ雪

問題はその後である。9日から10日にかけて、北海道は高気圧に覆われ、日中は日差しがあり、夜間は放射冷却が顕著に起こった。上ホロカメットク山の中腹以上で8日に降った雪は、日中は表面の一部が融け、夜間は凍り、積雪層内で昇華蒸発と霜が発達することにより、ざらめ系の雪(しもざらめ雪という)に変化したとみられる。しもざらめ雪は、雪崩を誘発する典型的な弱層として作用する。

そのようなところへ、11~12日には、日本海から北海道の太平洋側へ進む低気圧の影響により、幾寅での降水量が45ミリメートルに達した。この時は東風であり、十勝岳連峰の西側の富良野盆地では降水が少なかったが、東側の十勝地方は大雨となった。上ホロカメットク山の山頂付近では、吹きつける湿った東風により、降水量にして数10ミリメートルに相当する雪が降ったとみられる。降雪量に換算すると、数10センチメートルの新雪である。しかも毎秒20メートル以上の強風により、稜線の雪は吹き飛ばされて、風下側の西側斜面に積もったと考えられる。稜線には、雪庇(せっぴ)ができていた可能性がある。本連載No.17で述べたように、低気圧に伴う層状の雲から降る雪は、雪粒同士の結合力が弱く、弱層となりやすい。したがって、表層雪崩の発生危険度がますます高くなったのである。

その翌日(13日)、山スキーを楽しもうと、上ホロカメットク山の山頂付近の稜線を目指したスキーヤーたちがいた。雪崩に遭遇したのは当然とも言える。命を落とさずに済んだのは偶然であった。