2004年10月に上陸した2つの台風――10月の気象災害――
台風は1個ごとに個性を持っている
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2022/10/14
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
わが国で気象災害と言えば、まず台風を思い浮かべる人が多いのではないか。わが国で災害をもたらす気象現象の筆頭格が台風であることは、疑いもない。
台風は毎秒17.2メートル以上の風を伴う熱帯低気圧であるが、台風にも種々のタイプがある。前回は「なべ底型」という、どちらかというと台風らしからぬ台風を紹介したが、今回は台風らしい台風をとりあげる。それも、台風シーズン終盤の10月に日本を襲った台風の事例を紹介する。
2004(平成16)年は上陸台風が多かった。9月末までに、第4号、第6号、第10号、第11号、第15号、第16号、第18号、第21号の計8個が我が国の4大島(本州、北海道、九州、四国)のどこかに上陸し、既に台風上陸数の最多記録を更新していた(それまでの最多記録は6個)。その上、10月に入ってから、9日に第22号が静岡県に、20日に第23号が高知県に上陸し、この年の上陸台風は計10個となった。この記録は現在も破られていない。今回は、2004年10月に上陸した2つの台風、第22号と第23号に焦点をあててみたい。
気象庁の台風資料は、1951(昭和26)年以降の台風について整備されている。図1は、1951年以降の10月に発生したすべての台風の経路を、地図上に重ね書きしたものである。10月には、フィリピンを通過して南シナ海へ進む台風が多い。北上する台風も多いが、本州の南海上でカーブを描いて日本の東へ進む経路が主流である。日本の四大島の陸地に達して「上陸台風」となるものは、全体からみるとごく一部であり、日本海や北日本へ進むものは少ない。ただし、図1では台風として存在した期間の経路のみが表示されているので、温帯低気圧に変わった後の経路をも表示すれば、日本海や北日本に描かれる線の数が増えるはずだ。
図1によれば、10月には伊豆諸島や小笠原諸島が台風の通り道になっていることに留意しなければならない。すなわち、伊豆諸島や小笠原諸島では、10月はまだ台風シーズンの最盛期である。これを台風接近数で調べてみる。
気象庁は台風に関しても平年値を作成している。現在有効な平年値は、他の気象要素と同様に、1991年~2020年の30年間の資料に基づいて作成されたものである。表1に、地方ごとの8~11月の台風接近数の平年値を示す。ここで、「台風接近」とは、当該地方にあるいずれかの気象官署から300キロメートル以内に台風の中心が入ることをいう。
表1によれば、8月の伊豆諸島・小笠原諸島の台風接近数(1.0個)は、沖縄地方(2.2個)の半分以下であり、奄美地方や九州北部地方(1.1個)と比べても少ない。9月になると、沖縄地方(1.9個)で8月より減少するが、それ以外は増加する地方が多く、伊豆諸島・小笠原諸島の台風接近数(1.5個)は沖縄地方に次いで多くなっている。10月は、どの地方も9月より減少するが、伊豆諸島・小笠原諸島の台風接近数(1.3個)が最も多くなる。11月には接近数が非常に少なくなり、沖縄地方と伊豆諸島・小笠原諸島が同数の0.3個である。それ以外の地方で11月の平年値が空欄になっているのは、平年値の基になる30年間では当該地方に接近した台風が1つもなかったことを意味する。
気象庁の台風統計によれば、10月の台風上陸数の平年値は0.3個となっている。つまり、3年に1度ぐらいは10月に台風が上陸しているということだ。だから、10月の台風上陸は珍しいことではない。だが、10月に複数個の台風が上陸した年となると、1951年~2021年の71年間に3回しかない。それらは、1955(昭和30)年、2004(平成16)年、2014(平成26)年で、いずれも2個である。そういう意味でも、2004年は台風上陸に関して特異な年であったと言える。
図2に、2004年10月に上陸した2つの台風の気象衛星赤外画像を示す。どちらも、上陸の前日のものである。読者は、この2つの台風の姿の違いに気づくであろう。今回は台風らしい台風をとりあげると冒頭に述べたが、それでもこれほどの相違がある。台風第22号は、明白色に輝く円形の雲域の直径が400キロメートルくらいで、中心に小さくてくっきりとした目を持っている。これに対し、台風第23号は、円形の雲域のサイズが大きく、直径が1000キロメートル近くもあるが、台風第22号ほどの白さ(雲の濃密さを表す)はなく、中心部の目(雲の少ない部分)が大きくなり、形が崩れている。
図2に示した2面の気象衛星赤外画像と同時刻の地上天気図を図3に掲げる。等圧線で示される気圧分布で見ても、2つの台風の相違は明らかである。図2で着目した円形の雲域の大きさは、図3では1000ヘクトパスカルの等圧線で囲まれた領域の大きさにほぼ対応していることが分かるであろう。台風第22号はコンパクトにまとまった台風、台風第23号は勢力範囲の広い台風であった。
図3の下部に、それぞれの台風の気圧プロファイルを模式的に描いている。どちらの台風もV字形の気圧プロファイルで、しかも中心に近づくほど気圧の傾斜が急になっている。相違点はその直径で、台風第22号は間口が狭く、中心部で鋭く深くなっている。これに対し、台風第23号は間口が広く、中心に向かっての気圧の傾斜も台風第22号ほどの鋭さはない。図3の時点で、台風第22号は「非常に強い」台風、台風第23号は「超大型で強い」台風であった。最大風速は台風第22号の方が強いが、暴風域(風速25メートル/秒以上)は台風第23号の方が断然広い。
第22号のような台風は、範囲は狭いながら、中心部に猛烈な風雨を伴っている。台風が接近してもなかなか風雨が強まらないが、それで油断してはならない。中心がごく近くまでやって来ると、急に風が強まり、必ず激烈な暴風雨が襲ってくる。ただし、台風中心の経路から少し外れると、何事もなく過ぎてしまう。これに対し、第23号のような台風は、影響範囲が広く、中心から離れたところでも強い風が吹き、暴風や大雨が長時間続く。また、台風の接近前から前線近傍で大雨となるのも、第23号のようなタイプの台風である。こうした違いは、台風の個性とも呼べるものである。
なお、前回、「なべ底型」の台風の天気図について、中心の近くまで込み合った等圧線を描くことの不合理を指摘した。そのことは、「なべ底型」の台風だけでなく、基本的にはどの台風にも当てはまることである。2004年台風第22号は、図2の時刻には目が小さいので、図3において、中心部の気圧傾度の緩やかな領域も小さくてよい。しかし、台風第23号については、図2の時刻には目がある程度大きくなっているので、図3のように中心の近くまで込み合う等圧線を描いた天気図は、実態を正しく表していない。筆者が作成した図3下の気圧プロファイルでは、中心付近に気圧傾度の緩やかな部分を表現した。
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