発言にはさまざまな失敗があります。内容の意味不明、メッセージキーワードの選択ミス、誤解やミスリード、言ってはいけないことを言ってしまう。また、失言であっても許されるものと許されないものがあります。
吉野家の伊東正明元常務による「生娘シャブ漬け」発言は、顧客を尊重していない失言の部類に入るでしょう。では、6月の講演で黒田東彦日銀総裁が発言した「家計の値上げ許容度が高まってきている」は、どのような失言と言えるのでしょうか。
事実に反したミスリード
「家計の値上げ許容度が高まってきている」は、失言というより、事実に反したミスリードではないかと思います。一体どんな場面、どのような流れの中でこの発言が出てきたのか、各種報道からまとめると、発言のあった講演会は「共同通信きさらぎ会」。共同通信の加盟社、主要な企業、公共団体のトップや部長級が参加する会合です。
一般市民向けではないとの意識もあったかもしれませんが、パブリックな場所には違いありません。また、この時の黒田総裁は、講演会で原稿を読んだだけ。つまり、事前によく考えて作成された原稿の中で構築された発言だったということです。ついうっかり言ってしまった失言に比べ、こちらのほうが深刻で、組織的ミスリードだったことになります。
そもそも日銀が行っている「生活意識に関するアンケート調査」(四半期ごとに実施)で、景況感について「よくなった」と回答しているのは、2021年12月の5.2%から2022年3月は3.6%に下がり、「悪くなった」は51%から57.4%に上がっています。暮らし向きに「ゆとりが出てきた」は5.8%から4.8%に下がり、「ゆとりがなくなってきた」は、40%から41.7%に上がっています。この現象を、時事通信では以下のように解説しています。
「(現行の金融緩和策で)賃金が上昇しやすいマクロ経済環境を提供し、持続的な物価上昇へとつなげる」(黒田総裁)と見込む。つまり、コストプッシュの物価高が一段落した後、現行緩和策の効果で景気は回復。そして賃金が上がり、家計はこれまでになく物価高に寛容になる、というシナリオを描く。悪い物価上昇が良い物価上昇に転換する、というわけだ。日銀としては、良い物価上昇につながる道筋を説明したに過ぎないのに、まさか批判を浴びるとは思っていなかっただろう」
日銀としては未来を示すための説明だったとなると、ミスリードでした。メッセージの組み立て方を間違っていました。現状の不安への寄り添いが抜け落ちたまま、未来の良い道筋を示したことが根本的な原因です。希望の言葉は、現実の不安に寄り添ってこそ効果があるといった、コミュニケーションにおける鉄則が抜けていました。
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