都市型水害―6月の気象災害―
地下空間に水が入り込む都市特有の被害
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2022/06/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
1999(平成11)年6月29日、福岡市は集中豪雨に見舞われた。降水強度が下水道等の排水能力を上回り、行き場を失った大量の雨水が博多駅付近の市街地を覆った(このような態様を「内水氾濫」という)。さらに、付近を流れる二級河川御笠(みかさ)川の氾濫水が加わり、博多駅付近の浸水深は1メートル程度に達した。最も大きな影響を受けたのは地下施設で、地下鉄や地下街などに水が流れ込んだことにより、1名が死亡したほか、地下鉄の運休、受配電設備の水没による機能停止(停電)などの被害があった。
この災害では、都市の地下空間が水害に関していかに脆弱であるかに注目が集まり、以後、「都市型水害」という言葉が盛んに用いられるようになった。本稿では、都市型水害を気象予報の観点から考察する。
「都市(型)水害」という概念は、以前からあった。古くは、1958(昭和33)年9月の狩野川台風により、東京西部(世田谷・杉並・中野)の新興住宅地で多くの浸水害が発生し、これが都市型水害の始まりと言われる。その後も、1976(昭和51)年9月の台風第17号による水害、1982(昭和57)年7月の通称「長崎豪雨」、1993(平成5)年8月の台風第11号による東京の地下鉄丸ノ内線赤坂見附駅水没など、都市域における水害は繰り返された。本連載ですでに解説した2000(平成12)年の通称「東海豪雨」(2021年9月2日掲載)においても、典型的な都市型水害の態様が見られた。
9.11東海豪雨―9月の気象災害―
都市型水害は、原因となる大雨が特異なのでなく、都市という「特異な場所」に大雨が降ることによって起きる。都市は、住宅が多く建てられ、人口密度が高い。地面の多くはアスファルトで覆われている。それでいて、都市を流れる川には「親水公園」などと呼ばれる施設が作られて、流路の近くに人が誘導されていたりもする。都市には、浸水時に危険な地下空間(地下鉄、地下街など)が多い。都市の周辺では、昔は人の住まなかった山林や低湿地が開発されて都市に組み込まれ、住宅が作られて人が住むようになった。そのように「特異な場所」である都市に大雨が降ると、都市以外では見られないような被害の様相を呈する。それが都市型水害である。
都市に雨が降るとどうなるか。アスファルトの地面に降った雨水は、地面にしみ込むことができず、地面の上を流れ、側溝や下水道を経て川に入って行く。建物の屋根や屋上に降った雨水も、雨水桝や下水道を経て川に入って行く。都市以外では、かなりの雨水が地面にしみ込んで、地中をゆっくりと流れ、時間をかけて川に入って行くが、それに比べて、都市では雨水が川に入るまでの時間が短く、降雨が川の増水に直結する。通常の雨では、それが問題になることはないが、雨の強さがある程度以上になると、川の水かさが急激に増えて、水難事故が発生したりする。
降雨の強度がさらに増すと、雨水の増加が下水道等の排水能力を上回り、雨水は行き場を失って、浸水が始まる。これが内水氾濫である。大雨の場合は、川の水位も上昇するので、下水道から川への排出ができずに内水氾濫が始まることもある。
都市の大雨でさらに危険なのは、地下鉄や地下街などの地下空間に水が入り込むことである。受電設備や配電盤、自家発電機、コンピュータ・サーバー、倉庫、駐車場、トランクルームなどを地下に置いているビルやマンションは少なくない。それらが水没すると、その機能はほぼ完全に失われる。そもそも、人のいる地下空間が浸水すると、人命に危険が及ぶ。地下空間にいる人は、地上の大雨に気づきにくいから、なおさら始末が悪い。
道路交通においても、アンダーパスなど、窪地になっているところが最初に浸水するので、注意が必要である。自動車などがいつもの調子で侵入していくと、浸水に突っ込んで動けなくなり、これも人命にかかわる。
福岡市を中心とする九州北部で豪雨災害の発生した1999年6月29日には、別の地域でも豪雨災害が発生していた。それは、広島県である。広島市や呉市を中心とする「6.29豪雨災害」については、本連載で既にとりあげた(2020年6月7日掲載の「土砂災害」)。
土砂災害―6月の気象災害―
この災害では、広島市北部の急傾斜の山すそを切り開いて造成された新興住宅地を土石流が襲い、32人の命が奪われた。これも都市型水害の代表的な態様の一つである。被災した本人たちにとっては想定外だったのかもしれないが、わざわざ危険な場所を選び、マイホームを求めてそこに移り住んだ結果とも考えられ、災害に遭うべくして遭ったとさえ言える悲しい出来事である。
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