林野火災―4月の気象災害―
春は最も火災が多いシーズン
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永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2022/04/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
1983(昭和58)年4月27日12時05分頃、岩手県久慈市長内町の山林から出火した林野火災は、折からの強い西南西の風にあおられ、飛び火をしながら急速に延焼拡大し、16時40分頃には出火地点から約3キロメートル東の海岸線に達して集落に延焼した。火災はなおも海岸線に平行に、東南東方向へ延伸を続け、20時頃には出火地点から約6.2キロメートルにまで到達。その後はゆっくりと南側の山林へ燃え広がった。消防隊は不眠不休で消火活動にあたり、翌日には陸上自衛隊も投入されたが、なかなか鎮火に至らなかった。
結局、この林野火災は、山林1084.6へクタール、建物224棟を焼き尽くし、29日15時30分に鎮火するまで、約51時間にわたって燃え続けた。出動した消防隊員は延べ2242人、陸上自衛隊員は延べ1622人、消防車198台、ヘリコプター14機、巡視船5隻である。このほか、地元業者の所有する延べ52台のコンクリートミキサー車が、消火用水の運搬のために動員された。
東北地方では、この日(27日)、岩手県久慈市(上記)のほか、岩手県岩泉町、宮城県泉市(現・仙台市泉区)、青森県南郷村(現・八戸市南郷)など、合わせて36か所で同時多発的に林野火災が発生した。今回は、東北地方を山火事だらけにした、この危険な気象条件について述べる。
春は年間で最も火災の多いシーズンである。図1に、最近の5年間平均の火災統計を示す。火災は冬に多いというイメージがあるかもしれないが、最近5年間の平均では、月別出火件数(図1左)が冬より春に多くなっている。そして、林野火災件数(図1右)に限れば、その傾向はより顕著で、3月から4月にかけて、はっきりとしたピークがみられる。
ここで、総出火件数に占める林野火災件数の比率は、5年間平均で3.4パーセントにすぎないから、林野火災件数の年変化の特徴がそのまま総出火件数の年変化に反映したと考えるのは無理がある。やはり、建物火災をも含めた火災全般について、春季は出火件数を増加させる要因があると見るべきであろう。その有力な要因として考えられるものは、気象条件である。
火災に関係の深い気象要素と言えば、湿度と風である。表1と表2に、太平洋側の代表として東京、日本海側の代表として新潟の、湿度と風に関するデータを示す。この2地点だけのデータですべてのことを説明できるとは思わないが、この2地点のデータが語っていることを汲み取ってみる。
まず、表1で湿度の平年値を見ると、新潟では春(3月~5月)の月平均湿度が年間で最も低いが、冬に「空っ風」の吹く東京では、春よりも冬(12月~2月)の湿度のほうが低くなっている。しかしながら、東京における日最小湿度の歴代順位を見ると、第1位と第2位は冬(それぞれ2月、1月)に記録されているものの、第3位には春(4月)が食い込んでいる。第4~10位には同じ値が並び、その7事例のうち6事例は春(3月または4月)に記録されたものである。ちなみに、歴代順位の統計では、値が同じものを同順位とせず、発現日の新しいものを上位とするルールになっている。
結局、東京における日最小湿度の上位10事例のうち、7事例は春に記録されている。すなわち、日最小湿度で見ると、春の東京は、冬に匹敵するほどに空気が乾燥することが分かる。これに対し、新潟における日最小湿度の上位10事例は、すべて春(5月または4月)に記録されている。
次に、表2で風速の平年値を見ると、東京では2月から5月にかけて3メートル/秒台になっていて、夏~秋の台風シーズンより強いことが注目される。7月の平均風速が4月と並び年間最強であるのは、日中の海風が季節風と同風向になるためかもしれない。日最大風速の歴代順位では、台風に伴う暴風が席巻しているが、第10位の事例は温帯低気圧によって春(3月)に記録されたものである。
これに対し、新潟では、風速に関して東京と異なる様子が見られる。風速の月別平年値は冬季が年間最強であり、平均的には冬の季節風が強いことを物語る。ただし、日最大風速の極値(歴代1位)は、温帯低気圧によって春(4月)に記録されたものである。日最大風速の上位10事例の内訳は、冬(12~2月)が3事例、春(3月、4月)が4事例、秋(9月)の台風によるものが2事例、晩秋(11月)の温帯低気圧によるものが1事例となっており、春は暴風の吹きうる季節であることが分かる。
春は桜の開花前線が日本列島を北上していく。本稿を執筆している2022年3月下旬の時点で、まさに開花前線が西日本と東日本にさしかかっている。それと似た展開を見せるのが、林野火災である。日本地図を、林野火災の最多発生月によって、都道府県ごとに色分けして示すと、図2(左)のようになる。九州から関東にかけての太平洋側の一部では、早くも1月~2月に林野火災のピークが現れる。3月には、西日本の大部分と、東海、関東、それに東北地方の一部でピークを迎える。4月には、近畿北部から東北地方にかけての一帯が林野火災の最盛期となり、本稿で焦点を当てている岩手県もそれに含まれる。北海道では5月が林野火災の最多月となっている。図2(左)に見られる色模様は、図2(右)に並べた桜の開花前線とおおむね似たような形をしているのが面白い。林野火災のシーズンは、桜の開花前線とともにやって来る。
桜が花咲く頃に林野火災が多いのは、空気が乾燥し強風が吹く時期であるという気象条件のほかに、残雪の消えた野山の地表に、燃えやすい枯れ葉や枯れ草がたくさんあり、しかも山菜とりや作業などで人々が山林に入るという火災の危険因子が重なることが関係している。
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