前回は、様々起こり得る危機事象の種類に因らず、結果として経営リソースが大きなダメージを受けた際にも、お客様との信頼関係を損なうことなく、より強固で長期的な関係性を維持することを目指して策定するBCPと、BCMの本質について触れました。今回は、柔軟かつ臨機応変に対応できる、企業の永続性につながる強い組織力、組織のレジリエンスについて考えてみます。


1.レジリエンス(Resilience)とは

(1)一般的な定義
近年、レジリエンスという言葉は多方面で使用されており、その文脈から強靭さや回復力を意味する場合が多くあります。まずは定義や一般的な意味を確認しておきましょう。JIS22300では “複雑かつ変化する環境下での組織の適応できる能力(注記 レジリエンスは、中断・阻害を引き起こすリスクを運営管理する組織の力である)”*7と定義されています。英和辞典では「弾力、弾性、復元力」と、またいくつかの国語辞典を見ると、弾力、復元力、病気などからの回復力、強靱さ等と記されています。心理学の分野では、昨今問題視されているメンタルヘルスの場面で扱われており、例えば仕事で失敗して落ち込んだ時やうまくいかなくて立ち上がれない状況で回復力が低い状態を、レジリエンスが低いとも表現されています。

産業競争力懇談会の2013年度レジリエント・ガバナンス研究会最終報告書では、レジリエンスは“社会システムが大規模災害・テロ等の危機に直面した際の、システムとしての抵抗力(被害の最小化)や回復力(迅速な復旧)”で、“レジリエンスに代表される危機管理能力が企業や経済の競争力、ひいては国家競争力と認識されつつある”と記されています。

(2)組織のレジリエンスとは
組織レジリエンスとは、「組織が存続し繁栄するために、漸進的な変化や突然の混乱に対して予見、準備、対応、適応する能力」であると、英国規格協会(BSI:British Standards Institution)は定義しています。

組織の構成要素、職場の最も大きな財産である「人財」に目を向けると、「ビジネスの場では、失敗から学ぶことが最も効果的です。私たちの誰もが失敗し、ミスを犯します。自分の間違いに向き合うのは至難の技ですが、レジリエンスを身につける方法はそれしかない」*8と、失敗から学ぶことが重要であることが主張されています。組織として失敗を理解し、それを活かすため事後検証・フィードバックし、組織の共有ナレッジとして蓄積し続ける文化を醸成することが組織レジリエンスを高める要諦であると考えます。

(3)組織のレジリエンスを高めるために
では、組織のレジリエンスを高めるためには何をすればいいのでしょうか。筆者の結論は、「リスク感度の高い人財の育成」です。

前述のBSIが組織レジリエンスの必須要素として定義*9している“製品の優秀性”、“プロセスの信頼性”、“人々の行動”に照らして、以下のように解釈しました。

非常に動きが早く且つ予測することが困難な市場に対して、仮説をもって二手三手先を読み、リスクテイクして迅速・適時に製品、サービス、ソリューションを企画・開発して市場を創造すること、価値の高い製品・サービス・ソリューションを市場に投入し続けることを、常に変化しながら成長していく組織にとって不変の価値観であることを理解している「人財」が、レジリエンスの高い組織に必要不可欠な最重要リソースです。

ここでいう“リスク”とは、何らかの事業あるいは行動を行なう上での不確実性であり、それぞれのリスク事象の発生確率とインパクトの積の総和として表されます。悪い結果のみのリスクを純粋リスク(pure risk)、好悪両方の可能性があるリスクを投機的リスク(speculative risk)といいます。

また、“リスク感度”とは、平時においても何かの変化や小さな違和感を見逃さず俊敏に行動を起こし小さな危険信号も見逃さない感度を指します。その感度・センスを持った人を「リスク感度の高い人財」と定義します。*10

(4)リスク感度の高い人財
このレジリエンスの高い組織に必要不可欠な「リスク感度の高い人財」は、『私、失敗しないので』と豪語するのではなく、『失敗しても機能不全にならず、その失敗を次に活かす組織文化を持っているので』と言うはずです。この人財は、レジリエンスの高い組織に必要不可欠な最重要リソースである自分自身が成長することが組織の成長につながると理解しており、その価値観に基づけば、失敗やミスを決して恐れずそれらを貴重な学習機会と捉えています。しかし、失敗から色々なことが学べることは周知の事実であるにも関わらず、なかなか組織の中で定着化しません。

一方で、製造工場や工事現場などでよく行われているヒヤリハット運動は、失敗事例を組織内で共有化、課題検討、対策実施といったサイクル定着化の好事例です。失敗を「見える化」し、徹底的に議論して対策を炙り出し想定外を潰していく組織的な取り組みの基本的な考え方は、労働災害における経験則であるハインリッヒの法則、具体的には1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300のヒヤリハットが存在するという考え方をベースとしており、小さな失敗や間違いを見逃すことなく前向きにとらえ関係者間で共有する組織の価値観を形成します。リスク感度の高い人財は、小さな変化にクイックに反応する習慣があるのです。

(5)振り返り、事後検証が重要
リスク感度の高い人財は、振り返りや事後検証にリスク感度を高めるヒントがたくさん有ることを知っています。小さな失敗や間違いは何をした時に起きたのか、本当は何をやるべきだったのか、やるべき事とやった事に差異があったならそのズレはなぜ生じたのか、今後はどのようにすればよいのかを「見える化」し、継続的に且つ平時にも適用できる業務の改善活動に活かしていきます。もとは、米陸軍が作戦後に行なった「After Action Review」と呼ばれる行動で、日本でも“振り返り”や“事後検証”という形で、演習・訓練実施後の振り返り、被災時の行動記録(エスノグラフィー:Ethnographyとも言う)として取り入れられています。

被災時の行動記録から課題を抽出した事例として、東日本大震災(2011年3月11日)の大津波により電源を失くし非常事態に陥った福島第一原発での、電力会社本店と現地とのやり取りの内容の分析結果があります。誰も経験したことの無い大規模な災害現場で立て続けに起こる事故対応に関する全ての判断や指揮命令が現地サイドのキーパーソンに集中していたことから、平時とは明らかに違う危機時の組織構造の問題であるとの指摘がなされ、危機対応の権限委譲の在り方や組織レジリエンスの面からも考えさせられる課題が浮き彫りになった事例です。

小さな失敗や間違いを見逃すことなく前向きに捉える“振り返り”や“事後検証”を重視し、その取り組みをきちんと評価するルール作り・組織作りが肝要と述べました。さらに、リスクを恐れることなく、暗黙知を形式知に表出させる取り組みを“よし”とする組織の風土作りを目指すべきではないでしょうか。組織メンバーは自分達の失敗を隠すのではなく、積極的に学習機会としているかを自問自答するべきと考えます。