気象庁「令和6年能登半島地震について」(第5報)
 

跡見学園女子大学教授
(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事
鍵屋一

1983年早稲田大学法学部卒業後、板橋区役所入区。防災課長、板橋福祉事務所長、契約管財課長、地域振興課長、福祉部長、危機管理担当部長(兼務)、議会事務局長を経て2015年退職。同年京都大学博士(情報学)、跡見学園女子大学観光コミュニティ学部コミュニティデザイン学科教授。「災害時要配慮者の避難支援検討会」など国の検討会委員や、福祉NPO理事等多数。著書に「図解よくわかる自治体の防災・危機管理のしくみ」(学陽書房)「福祉施設の事業継続計画(BCP)作成ガイド」(編著、東京都福祉保健財団)など。

はじめに

このたびの令和6年能登半島地震で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。元日夕方の地震、その後の津波避難などでご不安が多いかと存じます。なかでも、非常に心配なのが高齢者、障がい者の皆様です。災害関連死を防止し、生活再建を進めるためにも、いまの段階でなすべきこと、考えておくべきことをまとめましたので対策に生かされることを切望します。

1.地震発生直後~2日後程度

地震によってライフラインが停止すると、人工呼吸器や在宅血液透析等で在宅医療を受けている人の生命維持が特に重要です。

人工呼吸器や透析患者の課題は、阪神・淡路大震災以来、ずっと言われ続けています。元日の被災により病院、保健所、訪問看護、支援団体、機器メーカなどが十分に動けないのが心配です。地元の保健師、訪問看護師らが連携して最優先で対応してくださると思いますが、ここは行政による十分なサポートをお願いします。

2.1日後~数日後

高齢者や既往症を持つ人などが、避難所などの慣れない環境での生活により、病状が悪化し、あるいは体調を悪化させて発症し、亡くなる可能性があります。過去の震災では、震災関連死と認定された被災者の6割以上が既往症(要介護認定、薬服用等)を持っていました。

また、避難所等の慣れない環境での生活はもちろん、明らかに厳しい状況に置かれる在宅被災者も多くいます。熊本地震では1週間以内に亡くなった方が53人にのぼり、亡くなった場所をみると「避難所」が10人、最も多いのが「発災前と同じ居場所に滞在中の場合【自宅等】」で81人でした。しかも亡くなったのは、圧倒的に上の年代の高齢者が多いのです。

しかも熊本では、電気、通信はすぐに復旧しており、水のみが遅れていました。それでも多くの方が自宅で亡くなっています。

●熊本地震での震災関連死内訳 令和3年3月末時点218件(更新)

画像を拡大 出典:熊本地震の発災4カ月以降の復旧・復興の取り組みに関する検証報告書、R3.4.9報道発表

●熊本地震震災関連死 死亡時の生活環境区分

画像を拡大 出典:熊本地震の発災4カ月以降の復旧・復興の取り組みに関する検証報告書 R3.4.9報道発表

そこで、一刻も早く在宅高齢者のアセスメント、見守り支援、病院への緊急連絡、搬送ができる仕組みをつくる必要があります。ただ、災害時に多忙を極める自治体職員のみで実施するのは困難です。

社会福祉協議会は地域支え合いセンターを早急に設置し、在宅の高齢者・障がい者、特に独居の高齢者に対し、近隣住民や地域包括センターなどの地域福祉職員、福祉事業者、そしてボランティアと一緒に巡回相談、支援活動をお願いします。

福祉施設はできれば福祉避難所を開設し、生活が困難な高齢者、障がい者らを自主的にでもよいので受け入れていただきたい。ボランティアは地域事情には疎いかもしれませんが、荷物をもったり支援物資を配ったり、状況を記録したりできるし、何より被災者支援への熱意があります。

3.数日後~

避難生活中に、水不足や歯ブラシ等衛生用品の不足等から、口腔内に病原菌が発生することで誤嚥性肺炎を発症し、治療が遅れた場合は死亡する場合があります。1月17日という寒い時期に発生した阪神・淡路大震災では、関連死の原因として最も多いのが肺炎でした。極端な水不足による歯磨きの困難や、義歯を紛失した結果、誤嚥性肺炎を発症したケースも多いと考えられています。

誤嚥性肺炎は、エコノミークラス症候群ほど知られていませんが、極めてリスクが高いのです。これも高齢社会ならではのリスクです。誤嚥性肺炎は、避難所はもとより、初期段階で高齢者の自宅を訪問し、歯ブラシと洗口液を配布することで相当程度予防できるはずです。

4.1カ月後以降

災害関連死の防止に向けて対策を(イメージ:写真AC)

仮設住宅での生活において、孤独感や慣れない生活環境による心身の不調や将来への悲観などから、自殺者が発生する場合があります。厚生労働省「東日本大震災に関連する自殺者数(令和4年分)」によれば、東日本大震災の発生年(平成 23 年)の自殺者数は 55 人でしたが、その後に増え続け 246 人になりました。

避難所や仮設住宅で活動する職員、町内会長等の地域のコミュニティ組織の関係者が、被災者支援のストレスから、体調を崩したり、自殺を図ったりする場合があります。

熊本地震でも、被災後のストレスによる自殺が16人にのぼりました(西日本新聞、2018年3月13日)。せっかく助かった命が、このようなかたちで失われるのは耐え難い。これも早い段階での在宅被災者への巡回相談、適切な機関へのつなぎなど、支援活動をすることで相当程度減らせるのではないでしょうか。

おわりに

現状では、自治体は避難所運営、物資で手一杯になっており、避難所外避難者を支援する計画を持っている自治体はほとんどありません。

まずは、社会福祉協議会、自治体、保健医療福祉関係者に在宅のハイリスクの高齢者、障がい者の見守り支援体制をつくられることをお願いいたします。