茨城県鹿島港近くにて筆者撮影

2006年10月8日(日)、筆者は茨城県鹿島港近くの海岸に立ち、すぐ近くに見える座礁した貨物船を眺めていた。船体は折れ、無残な姿を呈していた(図1)。この事故を未然に防ぐ方法はなかったのか……。事前に記者会見をして警戒を呼び掛けたにもかかわらず発生した遭難だけに、無念の思いは大きかった。怒涛(どとう)の名残のうねりが時折波消しブロックに当たって、しぶきが高く上がっていた(図2)。

写真を拡大 図1(筆者撮影)
写真を拡大 図2(筆者撮影)

この遭難が発生したのは、その2日前(2006年10月6日)の夕刻である。紀伊半島沖から強まりながら房総沖を経て三陸沖へと進む温帯低気圧に、パナマ船籍の貨物船が巻き込まれた。遭難したのはこの船だけではない。同日深夜には宮城県沖で漁船が座礁し、さらに8日明け方には伊豆諸島近海で遊漁船が転覆した。このほか、大雨、暴風、高波、高潮、により、中部地方から北海道にかけての地域で、住家損壊、浸水害、土砂災害、山岳遭難が発生し、海難事故と合わせた死者・行方不明者は50人に達した。

なべ底型

この事例の鍵を握っていたのは、日本の南海上にあった台風である。熱帯を起源とする台風や熱帯低気圧は、温帯低気圧とは異なる行動原理(盛衰のメカニズム)をもっており、中緯度偏西風帯の常識が通用しない。台風や熱帯低気圧が関与するとき、温帯低気圧は特異な振る舞いをすることがあるので要注意である。

図3に、一連の地上天気図と気象衛星画像を示す。

写真を拡大 図3. 2006年10月5~7日の地上天気図と気象衛星赤外画像(時刻はいずれも9時、気象庁による)。「STS 0616」もしくは「TS 0616」の表示は台風第16号、BEBINCA(バビンカ)はこの台風のアジア名、気象衛星赤外画像に記入した赤×印は台風中心、青×印は温帯低気圧中心、黄破線は温帯低気圧の雲域である

10月5日9時、日本の南海上にある台風第16号は、1000ヘクトパスカルの等圧線(少し太く描かれた線)の直径が1500キロメートルに達する大型台風である。しかし、最大風速は25メートル/秒で、台風としてはあまり強くない。このように、図体(ずうたい)はでかいのに最大風速があまり強くない台風は、その気圧プロファイルの特徴から「なべ底型」と言われ、中心域がぼやけていることが多く、中心位置の決定が難しい。気象衛星画像では、日本の南海上に台風第16号の白く輝いた雲域が見られるが、強い台風が持つような「眼」はない。このときの台風中心は、雲域の中央にではなく、縁辺に解析された(赤×印)。