ペトロナスツインタワーを中心としたクアラルンプールの街(出典:Flicker)

深刻な人手不足が影落とす

1981年に就任したマハティール首相は、ブミプトラ政策を継承するとともに、行政改革や公営企業の民営化、経済の重化学工業化を推進しました。同時にマハティール首相は西欧的な近代化思考からは一線を画し、日本・韓国の経済発展にならうという「ルック・イースト」政策を提唱しました。さらに従来の農作物・鉱産物の輸出、観光業に依存した体質からの脱却を目指し、積極的な外資誘致策も打ち出し、1985年のプラザ合意後の円高傾向への進展も背景に、日系企業の投資が拡大しました。1991年には2020年に先進国の仲間入りを目指す構想「ビジョン2020」を政策目標とし、これらの政策は2003年からのアブドラ政権、2009年からのナジブ政権にも受け継がれています。

GDP構成比は個人消費54.0%、政府最終消費支出13.6%、総固定資本形成(投資等)26.9%となっており、比較的バランスが取れています。また、産業別GDP構成比は第1次8.9%、第2次35.0%、第3次56.1%、産業別労働人口比率は第1次11.0%、第2次36.0%、第3次53.0%となっており、ほぼ先進国並みの状況となっています。

一方でマレーシアの構造的な問題として、国有企業が産業全般で大きなシェアを持っていることが挙げられます。例えば、国有企業の従業員数は全体の5%(2012年)を占め、時価総額で、マレーシア証券取引所(Bursa Malaysia)の36%、KLCI(Kuala Lumpur Composite Index)の54%を占めているとされています。

そのため、マレーシアの場合、民間投資が小規模であることから、政府による各種物品に対する補助金制度が継続されています。また、それによって慢性的な財政赤字が継続し、通貨リンギ安に伴うインフレ懸念も指摘されています。また、国有企業の存在感、補助金依存体質は民間活力の不足と国としての競争力の不足につながっているとも言われています。

マレーシアの労働人口において特徴的なのが、外国人労働者の多さです。2012年末時点でのマレーシアの総労働者数(1272万3000人)のうち、外国人労働者の比率が13.5%(約170万人)に達しているとされています。また、この数字には非合法の外国人労働者は含まれていないため、マレーシアにおける外国人労働者は350万人を超えるとも言われています。そのため、労働者の4人に1人が外国人とも言われる状況となっています。事実、マレーシアに進出している企業の従業員にも、多くの外国人労働者が占めている状況です。一方、外国人労働者が多いという特徴がある反面、失業率が3.15%(2015年)で、ほぼ完全雇用に近い状況となっています。

マレーシアは労働力不足を補うため、比較的、外国人労働者への規制が緩やかな状況が続いていましたが、それでも深刻な人手不足が顕在化しています。それに追い打ちをかけるように、昨今、政府による外国人労働者に対する規制(削減策)が実施されています。そのため、現地に進出している日本企業、特に製造業、サービス業からは、首都圏を中心にマレーシア人、外国人労働者ともに採用難を指摘する声が上がっています。更に、中間管理職以上の人材の確保に関しても、深刻な状況が続いています。

このような状況で発生した今回の事件では、逮捕された北朝鮮籍の容疑者の1人が勤務実態がないにも関わらず、労働許可を得ていたということが報じられています。今回の事件の影響から、マレーシア政府が外国人労働者への規制を大幅に強化する可能性があります。その場合、日本企業にとっては以下のような問題が発生する可能性があることに十分留意する必要があります。

【現地に進出している日本企業への影響】
■現状でも採用難が続いている状況で、外国人労働者への規制が大幅に強化された場合には、さらに採用難の状況となる。またマレーシア人管理職の採用は更に困難となる。
■当然ながらこれまで以上に賃金上昇の可能性が高まる。このことは労務コストの大幅な上昇につながる。
■人手不足から個々の労働者の労働負荷が高まる可能性が高く、これまでマレーシアではあまり発生していない労働争議の可能性も高まる。また、このことは、生産性の低下につながる可能性が高い(マレーシアでは労働組合の結成率が低く、労働争議のリスクは他のASEAN諸国と比べ非常に低い状況である)。

現在、タイ、シンガポール等でも外国人労働者への規制強化、労働許可認定の厳格化という姿勢が鮮明となっています。マレーシアでもこのような動きが顕在化した場合、この事件の日本企業への影響は非常に大きいということを認識する必要があります。

(了)