全ての起源は鳥ウイルス

ウイルスは、適度な温度、湿度、栄養素があれば自己複製できる細菌とは異なる微生物です。ウイルスが感染対象とする、そのウイルスに感受性のある生物の、生きた細胞の中に侵入して、その侵入した細胞に子孫ウイルスを製造させることによって初めて増殖できる微生物です。そのため、各ウイルスにより、増殖できる生物の種類、すなわち宿主域は限定されています。ウイルスにより宿主域は異なりますが、通常、ほ乳類に病気を起こすウイルスはほ乳類だけに感染することができ、鳥類に病気を起こすウイルスは鳥類だけに感染して増殖することができます。ところが、インフルエンザウイルスは動物種により感染しやすさに差があるが、広い宿主域を持つ特徴があります。つまり、鳥類にもほ乳類にも感染できる珍しいウイルスなのです。

インフルエンザは、毎年世界中の多くの人々が罹患(りかん)する、人に大きな脅威を及ぼす、重要性の高い感染病の一つです。そのため、インフルエンザウイルスは、元々人に感染していた人のウイルスである。一方で鳥インフルエンザウイルスは人のインフルエンザウイルスとは関連性の薄い、別の世界のウイルスと考えてしまう場合が多いかもしれません。しかし、分子遺伝学的研究の進展から、全ての A型インフルエンザウイルスの元々(本来)の宿主は、人などのほ乳類ではないことが分かっています。全てのインフルエンザウイルスの祖先は鳥インフルエンザウイルスです。図3からも、各種動物に感染するインフルエンザウイルスは、全て鳥インフルエンザウイルスから派出したウイルスであることが推測できます。

鳥インフルエンザウイルスは、数百万年前から、シベリア、アラスカで夏を過ごす鳥類、特にカモなどの水鳥に感染し続けて来たウイルスであると考えられています。その長い感染歴史の過程で、鳥インフルエンザウイルスは、水鳥を含む鳥類に対する病原性を弱め、水鳥も鳥インフルエンザウイルス感染に対して強い抵抗力を獲得して、鳥インフルエンザウイエルスと水鳥には共存状態が成立して現在に至っていると解釈されています。

鳥インフルエンザウイルスは、水鳥では、呼吸器よりも消化管、特に総排せつ腔(ほ乳類の肛門に相当)に近い結腸の粘膜で優勢に保有されています。長い間にいろいろな鳥類の体内で、さまざまな性状を持つ鳥インフルエンザウイルスが作られ、その結果、多種類のHAとNAの組み合わせのA型インフルエンザウイルスが出現したと考えられています。   

実際に、筆者たちが過去30年間以上、主として山陰地方で実施している、外見上健康な水鳥のふんからのインフルエンザウイルス分離の研究でも、HとNのさまざまな組み合わせを持つ鳥インフルエンザウイルスが分離されています。逆に、人を含むほ乳類に病原性を示すA型インフルエンザウイルスのHとNの組み合わせは限定されています。

従って、人のインフルエンザウイルスも先祖をたどると、鳥インフルエンザウイルスに行き着くのです。鳥インフルエンザウイルスが、遺伝子再集合を含むさまざまな変異を繰り返した結果、人のインフルエンザウイルスが生まれたと考えられています。実際に、人の間において世界で流行しているインフルエンザウイルスや、過去に流行したインフルエンザウイルスと同じ亜型のインフルエンザウイルスが、水鳥のふんから時折分離されることがあります。

外見上健康な水鳥の消化管や排せつされたふんから、さまざまな亜型の鳥インフルエンザウイルスが高頻度に分離されますが、ほとんどのウイルスは、鳥類に明確な病原性を示しません。HA抗原が5あるいは7の亜型ウイルスだけは、例外的に、鶏の体内で感染を続けると、鳥類に激烈な病原性を示し、高い致死性をもたらす恐ろしい高病原性鳥インフルエンザウイルスに変異することがあります。筆者たちも実験的に確かめています。