新型インフルエンザの背景には鳥が大きく関係している

鳥から豚を経て新型

前回紹介したように、20世紀には、あるインターバルをもって3度「新型インフルエンザウイルス」が出現しました。また、「新型インフルエンザウイルス」とは、それまで人に感染を続けていたインフルエンザウイルスと、それとは異なるHAとNA亜型からなる鳥インフルエンザウイルスの間で、遺伝子が交雑する遺伝子再集合が起こり、その結果出現した以前とは異なるHAとNA亜型を持つインフルエンザウイルスのことです。

現在、上記の遺伝子再集合が起きて新型インフルエンザウイルスが出現するのは、豚の呼吸器細胞である可能性が最も高いのではないかと考えられています。すなわち、豚の呼吸器で新型インフルエンザウイルスが生み出されるのです。

各種インフルエンザウイルスは、通常鳥類や人や豚を含む各種ほ乳類の呼吸器粘膜細胞から侵入して感染を引き起こします。従って、呼吸器粘膜細胞がインフルエンザウイルスの感染部位で、粘膜細胞表面には、インフルエンザウイルスが感染するために吸着する受容体(レセプター)があります。一方、インフルエンザウイルス粒子表面のHAスパイク上には、細胞に吸着するためのウイルス側のレセプターが存在します。HAスパイクが鳥類やほ乳類のレセプターを認識して付着することができたとき、インフルエンザウイルスの感染が始まるのです。

ところが、人を含む多くのほ乳類のインフルエンザウイルスに対するレセプターと鳥類のレセプターには、その分子構造にわずかな違いがあります。図1に、人と鳥類呼吸器粘膜細胞上に存在するレセプターの分子構造式を示しました。レセプターは、呼吸器粘膜細胞の表面から出ていますが、N-アセチルグルコサミン、ガラクトース、シアル酸から成り立っています。細胞表面から一番離れた位置のシアル酸とその隣のガラクトースの結合様式に、鳥類と人のレセプターにはわずかですが違いがあります。すなわち、鳥類のレセプターはα(アルファ)2-3結合、人のそれはα2-6結合なのです(図1)。

鳥インフルエンザウイルスは、鳥類のα2-3結合レセプターを容易に認識するのですが、人のα2-6結合レセプターを認識しにくいのです。一方、人インフルエンザウイルスは、人のα2-6結合レセプターを容易に認識するのですが、鳥類のα2-3結合レセプター認識力は弱いのです。

そのため、人インフルエンザウイルスの鳥類に対する感染力は非常に弱く、逆に、鳥インフルエンザウイルスは人に感染しにくいのです。鳥インフルエンザウイルスは、鳥類から人へ感染することはまれには起きますが、人から人へ感染することはほとんどありません(図2)。鳥インフルエンザウイルスが人の間で爆発的な感染拡大を起こすことは、まずありません。

興味深いことに、豚の呼吸器粘膜細胞表面には、ユニークなレセプターが存在しています。実は、α2-6結合レセプターが優勢に存在するのですが、α2-3結合レセプターも存在しているのです。すなわち、豚は人インフルエンザウイルス、鳥インフルエンザウイルスの両方のウイルスに容易に感染する、インフルエンザウイルスにとっては都合の良い動物なのです。

人インフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスが、ほぼ同時に豚に感染することは起こり得ます。たまたまそのような混合感染が起きた場合、その豚の呼吸器細胞では、両方のウイルスが同時に増殖します。その場合、両方の遺伝子が入り混じった、全く新しい性状を獲得した遺伝子再集合体、すなわち「新型インフルエンザウイルス」が作られる可能性もあります。

以上のようなメカニズムで、20世紀に3回新型インフルエンザウイルスが出現して世界的な大流行を引き起こしたと考えられています。さまざまなH、N亜型の鳥インフルエンザウイルスが鳥類によって保有されているため、どのような亜型の鳥インフルエンザウイルスが、次の新型インフルエンザウイルスの出現に関与するのか、H5N1(N亜型が5、6、8の場合も含む)、H7N9、H9N2(鳥インフルエンザウイルスとしては珍しくα2-3結合レセプターばかりでなく、α2-6結合レセプターも認識する)亜型ウイルスなどが注目されており、興味深いところですが、まだ見当はついていません。

1996年に中国南部に出現して以来、地球規模で広範に拡散しているH5N1亜型鳥インフルエンザウイルス自身に連続的な変異が起きて、新型インフルエンザウイルスに移行する可能性は、現在でも完全には否定されておらず、警戒されています。実際に、このウイルスは出現して以来20年以上経過し、現在でも世界に広く分布して、これまでおびただしい数の鳥類や人に感染して被害を与えてきました。しかし、近年人から分離されたH5N1亜型ウイルスでも、筆者が知る限り、依然として、α2、3結合レセプターを認識する、典型的な鳥インフルエンザウイルスにとどまっています。