2016/10/04
講演録
TIEMS(国際危機管理学会)日本支部
●熊本地震における生活再建
静岡大学情報学部講師
井ノ口宗成氏
熊本地震では、「生活再建支援先遣隊」というチームを作り、現地を支援させていただきました。被災者が生活を再建するためには、「り災証明書」の発行が重要です。り災証明書とは誰が、どこでどのような被害にあったのかを明確にし、その後の補助金などの支援に活用するものなのです。しかし、り災証明書の発行は大量の事務作業が必要で、さらに不整合のあるり災証明書を発行してしまうと、その後の支援が滞ったり混乱したりするので、現地では大きな課題になっていました。
私たちのチームでは、生活再建を迅速に遂行するため、「被災者台帳システム」や「被災者再建システム」と呼ばれるICTソリューションを作り、社会実装しています。阪神・淡路大震災でり災証明書の重要性がクローズアップされましたが、その後の中越沖地震や東日本大震災を経て、「このようなものが生活者再建には必要なのでは」と考えて作ってきたものです。
り災証明書の発行には、まず被災者家屋の被害がどの程度であるかを明らかにしなければいけません。そのために「建物被害認定調査」が必要です。これは国で定められた基準に基づいて作業するものですが、システムではその調査の手法を効率化し、その場で短時間で調査員を育成することができます。実際にこのシステムを導入してくれた市町村は16、今からでもやってみたいと言ってくれている市町村が4あります。被害が大きかった市町村はほとんどが導入しており、熊本県ではこれまでできなかった「統一基準に基づく生活再建」を実現しようとしています。
システムの概要を説明します。基本的にはクラウドシステムで、ログインすると「応急対応」「建物被害認定調査」「り災証明書・被災届出受理証発行」「被災者台帳」といったメニューが出てきます。まず、建物被害認定調査です。調査内容をパターンチャート化し、結果をデジタルデータとして取り込んでいきます。ざっくりと、県内全体で11万1000棟くらいを回らなければいけないということが分かりましたので、県全体で何日後に調査を終えたいのか、そのためには何人くらいの人出がいるのかを算出し、調査を開始しました。
しかし熊本ではうまくいかない現実もありました。これまでの経験から1班で1日およそ50棟を回ってもらおうと思ったのですが、実際にやってみると1日に回れたのは20~30棟。これは1つの市町だけではなく、熊本県全体でそうでした。今回の熊本地震では家屋に残られた被災者への対応と重なるなどの原因がありましたが、その後も外れた予測を修正し、新たに人員を確保しながら調査を進めていきました。
調査が終わったら、次はり災証明書の発行です。ここでも想定外がありました。益城町では庁舎や大きな建物が利用できなくなっていたので、急きょ駐車場にテントを張って対応することにしました。一言でいうと簡単ですが、野外ではテントに電気もネットワークも引かないといけません。晴れていればまだいいですが、雨の日は大変でした。しかし、現実問題としてこのような屋外業務の環境整備も今後考えていかなければいけないでしょう。証明書の発行もこれまでの経験から1件当たり5分くらいで済むだろうと考えて計算をしていたのですが、こちらも予想を超えました。実際には平均して15分くらいかかりました。益城町の例ですが、1人で10棟以上の家を持っている高齢の方がおられ、1件にかかる時間が想定を超えていました。このような地域の特性も、考えなければいけない要素の1つでした。
最後に、熊本では今、さまざまな生活再建が進んでいますが、長期化する避難所の実態分析や被災者生活再建の実態分析を通して、これから「被災地に求められること」を解明する必要があると考えています。
講演録の他の記事
おすすめ記事
-
パリ2024のテロ対策期間中の計画を阻止した点では成功
2024年最大のイベントだったパリオリンピック。ロシアのウクライナ侵略や激化する中東情勢など、世界的に不安定な時期での開催だった。パリ大会のテロ対策は成功だったのか、危機管理が専門で日本大学危機管理学部教授である福田充氏とともにパリオリンピックを振り返った。
2024/11/29
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/26
-
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方