2016/10/04
講演録
TIEMS(国際危機管理学会)日本支部
●熊本地震の検証 危機管理の予測・予防・対応
国立研究開発法人 防災科学技術研究所 理事長
林 春男氏
「レジリエンス」という観点から熊本地震を振り返りたいと思います。まず、レジリエンスを日本語に訳すると何なのでしょうか。民主党政権時代は「災害に強くしなやかな社会」と言っていましたし、自民党政権の現在は「国土強靭化」と呼んでいます。私は、レジリエンスはむしろ事業継続と捉えた方が分かりやすいと考えています。
私が防災の研究に関わり始めた30年前、防災は被害低減モデルでした。目標は被害を減らすための予防にあり、そのためのアプローチとして、ハザードと人々の住まい方であるばく露量、そして構造物の脆弱性をエンジニア中心に検討することが防災研究であったと認識しています。これを式にすると以下のようになります。D(被害)=f(H(ハザード),E(ばく露量),V(惰弱性))。
しかし阪神・淡路大震災以降も、繰り返しさまざまなハザードによる大規模な災害が発生し、被害抑止力(予防力)が不十分だと考えられるようになりました。すなわち、予防力だけを伸ばす防災ではなく、予防力に加えて災害が発生した後に社会がどう立ち直るかまで視野に入れた、予防力と回復力を合わせた力であるレジリエンスを高めるべきだと考えます。
先ほどに倣って、レジリエンスを高めることを目標とした方程式を考えてみると、R(レジリエンス)=f(D(被害),A(人間の行動),T(時間))です。Dは先ほど出てきました災害による被害です。そこから立ち直るために中心になる
のはアクション、すなわち人間の活動です。そして立ち直るのは一瞬でできるわけではなく、長い時間を必要とします。そのため時間を味方につけないといけないということで、どこにどのような被害が出るかを認識するDに、A,Tという回復力を加えています。
ここで1つ誤解しないでいただきたいのは、このレジリエンスモデルは旧来のエンジニアリングモデルを否定するものではなく、今までの予防力中心の研究成果もフルに活用し、それに人間の活動や時間の使われ方という側面を足していくということです。
言い換えれば、レジリエンスとは事業継続能力の向上とも言えます。事業継続とは、通常は社会に期待されていることの100%の機能を果たしていたものが、災害によってその機能を失い、機能を回復までに生ずる事業中断の影響を最小にすることです。その場合に、予防により被害を減らしつつ、同時に優先業務を決めるなど戦略的に事前の計画を定め、復旧時間を短くすることです。そのために必要なのはリスクを的確に評価する「予測力」、災害の発生を未然に防ぐ「予防力」、そして被害拡大を阻止し、早期の復旧・復興を実現する「対応力」です。この3つを総合したものが「リジリエンス」であり、これを向上させることで、どのようなリスクにも立ち向かえるようになるのです。
ここで注意が必要なのは、予防力はハザードごとに違うことです。例えばインフルエンザを予防しようとしたら手洗いをし、人ごみを避け、うがいをします。しかしそれは地震の予防にはなりません。ハザードに応じてとるべき対応が違うのがポイントで、そのため予防をするのは重大なリスクに限らざるを得ません。それでも自分たちが持っている予防力を超えるようなハザードに見舞われれば、当然被害が発生します。あもちろん、これまで予防するに値しないと考えていたリスクが実際に発生した場合にも被害は発生し、対応しなければなりません。いずれの場合にしろ、対応力がレジリエンスの最終のオプションとなります。
こうした観点から、熊本地震をどのように見るべきか。予測ができたのか、どこまで予防ができたのか、あるいはどんな対応がされたのかを、これから考えていきたいと思います。
講演録の他の記事
おすすめ記事
-
パリ2024のテロ対策期間中の計画を阻止した点では成功
2024年最大のイベントだったパリオリンピック。ロシアのウクライナ侵略や激化する中東情勢など、世界的に不安定な時期での開催だった。パリ大会のテロ対策は成功だったのか、危機管理が専門で日本大学危機管理学部教授である福田充氏とともにパリオリンピックを振り返った。
2024/11/29
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/26
-
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方