□事例:異物を混入した目薬をばらまくぞ!

2000年6月某日朝、製薬メーカーA社宛てに1通の速達郵便が届きました。
封筒には「現金2000万円を支払わなければ、異物を混入した目薬をばらまく」と書かれた脅迫文とともに、A社製の目薬が同封されていました。その目薬は2層に分離している状態で、肉眼でも異物が混入されたものだと分かるほどでした。
A社は目薬の販売では国内トップの地位を占める製薬メーカーで、脅迫文が送られてきた6月は、海水浴やプールが徐々に始まる時期で目薬の需要も増えるため年間総売上のおよそ3割を占めるというA社にとっては書き入れ時といってもいい重要な月でした。

A社は午前中のうちに地元警察に通報するとともに、出張中であった社長に連絡。社長はすぐに帰社し、対応の指揮を取りました。その時の社長とはじめとするA社幹部の思いは「悪意のある人間に簡単に屈するわけにはいかない」というものでした。実際に異物が混入された目薬が既にばらまかれてしまっているのかは分からない状況の中、A社はその日の夕方には対応チームを設置し、リコールの準備を開始しました。そして記者会見や告知の準備もしながら翌日の午後3時には厚労省にリコールの決定を報告。同日午後7時には社長自らが記者会見に臨み、事件の経緯と目薬の自主回収を公表しました。実は記者会見に先んじて、警察からは「公表すると模倣犯が続く恐れがある」「同様の脅迫が他のメーカーに波及する恐れがある」などの理由から会見を見合わせるようにという助言がありました。しかしながらA社は「患者さんと患者さんを愛する家族の視点で考える」という会社の基本方針と、「不当な要求には応じない」という決意から、あえて会見に踏み切ったのです。また、自社HPでも事件内容を公表するとともに、翌日の朝刊には商品回収の告知広告を掲載。社員総動員体制で全国の薬局、薬店を訪問し、翌々日には250万個の商品を回収すると当時に、回収状況もHPで公表し続けました。

事件発生から9日後には、A社は容易に異物を混入できない新パッケージによる製造販売を発表し、その翌日、犯人は逮捕されました。

事件発生直後、A社製品の売り上げは一時的に低下しましたが、新パッケージによる販売再開後すぐに順調に回復。7月には株価が年初来の高値を更新しました。