2016/08/28
スーパー豪雨にどう備える?
なぜ、避難しないのか
全国の自治体では、直面する自然災害に対応して、緊急性や避難の強制力に応じて「避難準備」「避難勧告」「避難指示」を発令する。拘束力はないが、地域住民の安全のため市区町村長の判断として出されることになっている。「避難勧告」は安全のため早めの避難を促す時に出される。「避難指示」は洪水など著しい危険が切迫している時に出される。「指示」とは避難命令に当たる。災害対策基本法では、市区町村長に代わって警察官や海上保安官も避難指示を出すことができるとしている。「避難勧告」や「避難指示」が問題になる事例が全国で増えている。2つの発令の違いが住民には分かりにくい上に、発令時間が早すぎたり遅れたりして被害を大きくするケースも目立つ。2013年には、気象庁はそれまでの大雨警報、地震警報、津波警報、高潮警報に加えて、警報の発表基準をはるかに超える豪雨や大津波が予想され、重大な災害となる危険性が著しく高まっている場合を対象に、新たに「特別警報」を定め、最大限の警戒を呼びかけることにした。今回は「特別警報」であった。
国土交通省の調査によれば2011年と12年の2年間で、水害で実際に避難した住民は、「避難勧告」「避難指示」を呼びかけた人のうち、わずかに3.9%でしかなかったという。国民の間で、洪水の危機意識が広く共有されていないことを示している。身動きの容易でないお年寄りの家庭が多く、また建物が丈夫になり窓枠やドアの気密性が高くなったことなどにより、防災行政無線が聞き取れず、情報が十分に伝わらない場合もある。それにしても3.9%はあまりにも低く愕然とする。
国土交通省は、国が管理する109水系周辺の730市区町村長に対し、避難情報を出すタイミングなどを学ぶ研修会を開くことにした。災害時に避難情報を出すタイミングが遅れる例が目立つことから、同省は研修会で反乱危険水位を目安に避難勧告を出す仕組みや、堤防決壊の恐れがある地点などを改めて各首長に認識してもらう。研修は河川事務所ごとに10月から始められ、年内に終わる。
また同省は住民の避難を助けるため、最大規模の降雨を想定し「家屋倒壊危険区域」を指定する。堤防の決壊が予想される地点で、あふれる水の量や流れの速さなどのシミュレーションを行い、その範囲を決める。まずは荒川など約70水系で指定を進める方針だ。災害をなくすことはできない。「減災」に向け、まずは身の周りのリスクについて知り、迫りくる危機に備える必要がある。
国の指示優先、伝達ゲームは止めよ
水害では被災前に避難を促す。だからこそ、いつどのような情報が伝えられるかが大問題になる。市区長村長が「避難勧告」や「避難指示」を出す場合、最も頼りにしている情報が洪水注意報や洪水警報である。これらには、国や都道府県が管理する河川のうち、流域面積が大きく、洪水により大きな被害を生じるものを指定して、国土交通省または都道府県と気象庁が共同で行う指定河川洪水予報と気象庁が単独で不特定の河川に対して行う洪水注意報や洪水警報がある。
国が国民の生命や財産を守る覚悟をして「避難勧告」と「避難指示」も国から発令されることが必要だ。豪雨や水害に関する情報は内閣府、国土交通省、気象庁、国土地理院などが一番早く正確な情報を持っており、危機が迫った時に即時に国民に対応を求めることができる。情報を都道府県に渡し、さらに市区町村長に伝える「伝達ゲーム」をしている余裕はない。「伝達ゲーム」が情報をゆがめて行ってしまうことは誰もが知っている。一番正確な情報を早く的確に国民に知らせることが情報を持つ者の責任である。災害基本法は1959年の伊勢湾台風で5000人を超える犠牲者を出したことを受けて1961年に制定された。後に東日本大震災の教訓を踏まえて改正された。この中で、国民の円滑で安全な避難を確保するため、地方自治体が的確な避難指示などを発令するために、市区町村長から助言を求められた場合に、国や都道府県にはこれに応える応答義務が課せられた。国や都道府県と地方自治体の「伝達ゲーム」を早く解消しなければならない。災害は明日にも起こり得るのである。
参考文献:国土交通省関連資料、『首都水没』(土屋信行)、朝日新聞・茨城新聞などの関連記事
高崎哲郎
(たかさき・てつろう)
1948年、栃木県生まれ、東京教育大学(現筑波大学)卒、東京大学修士課程修了、NHKの政治部記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)。この間、自然災害(特に水害)のノンフィクションや土木史論さらには人物評伝などを刊行し、著作数は約30冊に上る。うち3冊が英訳された。東工大、東北大、長岡科技大、法政大などで非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技術者像(主に技術官僚)を講義する。招かれて、つくばの(独)土木研究所や同水資源機構の客員首席研究員となり自然災害や災害に立ち向かった土木技術者の論文を書き、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
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