膨大な美術研究・自然科学の論文

文学作品や自叙伝的著作の他、ゲーテには厖大な量の美術研究論文と自然科学論文がある。それらは翻訳ではごく一部しか知られていないが、思想家としてのゲーテを理解するためには本来最も重要なものである。とりわけ顎間骨(がっかんこつ)、植物の変態、動物の原型、色彩の根源現象などに関するゲーテの研究や思想は、デカルト、ニュートン以来の数学的、技術的、機械論的近代自然科学とは異なる汎知学的ないしヘルメス思想的自然考察の系列に属し、現代の細分化された科学技術の行き詰まりとともに、その基本的価値が見直されている。

ゲーテが世界文学に与えた影響は、体験詩の普及、ウェルテル的モチーフの流行、「ウィルヘルム・マイスター」による教養小説的伝統の確立、ファウスト的理想主義の展開など多方面に及び、現代においては彼の全作品の根底に流れるヒューマニズムが諸民族、特にドイツ統一の精神融和に大きな役割を果たした。
 ゲーテの「ことば」のほんの一部を記してみよう。
「若き日の願いは老いてのち豊かにみたされる」(「詩と真実」)。

文豪ゲーテのイタリアへの憧れは強烈であった。
「この地には全世界が結びついている。私はこのローマに足を踏み入れたときから、第二の誕生が、真の再生が始まるのだ」(「イタリア紀行」)

ゲーテの宿泊したイタリア・ボーツェンの宿屋の窓に書きつけてあったフランス語の風刺詩。(同上)。
Comme les pêches et les mélons
Sont pour la bouche d’un baron,
Ainsi les verges et les batons,
Sont pour les fous, dit Salomon.
(桃とメロンは
男爵(バロン)の口に
鞭は馬鹿にと
仰(おお)すソロモン

「すべて巨大なものは、崇高であると同時に理解しやすいという、一種独特な印象を与えるものである」(同上)

いかなる時代でもヒューマニズムが政治・学問・芸術の原点である。

(つづく)