■実力測定と健康診断
私たちは、何かいつもと違うきっかけでもできない限り、ふだんは自分の健康や体力に気をつかうことはありません。自分では体力に自信がある、いつも健康でバリバリ仕事ができるし食事も酒もうまい、夜はぐっすり眠れる。そう思って活動している間は何事もなく毎日が過ぎていきます。ところが、あるとき健康診断を受けてみると脂肪過多、高血圧ぎみなどと判定される。これはまずいぞと焦り、さっそく翌朝から軽いジョギングを始める。すると、自分では十分体力があると思っていたのに走り出してみたら5分も経たないうちに息切れがして胸が苦しくなる。いつの間に自分はこんなに体力が落ちてしまったのかと落胆する・・・。 

実はBCMの行く末を想像してみると、多くの企業でこの主人公のような困ったことになってしまうのではないかという危惧があるのです。BCPを策定した企業の多くは、その完成をもって活動に一区切りをつけようとします。やっと完成したぞ、これで終わりだ。あとは情報が古くならないように定期的に更新し、防災訓練などを行っていけば問題はないと考えます。しかし、順風満帆に見えたBCMのスタートも、時が経つとさまざまなきしみが生じます。BCMに対する理解や目的意識は次第に新鮮味が薄れていき、BCPを行動に移すスタッフの力量や実効性も当初期待したほどには向上しません。訓練や教育の参加者も次第に減ります。事業継続のための災害対応能力は向上するどころか、BCPが完成した時点をピークにいつの間にか下降に向かう可能性も否定できないわけです。 

BCMは「不測の事態に対処する能力」に結びついた活動です。不測の事態はめったには起こりません。毎日が何事もなく平穏に過ぎていく限りBCMは影の薄い存在であり、活動のリアリティは日常業務のそれよりも低くならざるを得ません。しかし、ひとたび災害が起これば、最も注目を浴び、災害対応が適切だったかどうかについて責任を問われるのがBCMです。 

健康不良に無自覚だった主人公は、たまたま「健康診断」を受けたことで、深刻な成人病にかかる前に潜在的な健康の不調に気付くことができました。もし健康診断という定期的なチェックの仕組みがなければ、主人公が自分の体調の異変に気付いたときには、通院や薬の服用を余儀なくされたり、場合によっては入院するほどの深刻な病気を抱え込むことになったことでしょう。 

BCMにおいても災害対応力の低下、つまりBCMの形骸化を招かないように定期的に健康診断を行う必要があります。この健康診断は大企業だけが必要とするものではありません。一般の中小企業でも定期的に実施しなければ、知らない間にBCMの活動が停滞し、活動の意義が希薄になり、大きな災害が起こったときには「以前力を入れていたあのBCPとかBCMとやらは、いったい何だったのか?」と虚しさと後悔の念を抱くことになります。別な例えで言えば、BCMは車と同じように回すことを前提とした仕組みであり、安全に回し続けるための定期点検(実力の測定)は、車の大小に関係なく必要なものなのです。