2011/05/25
企業を揺るがした危機の真相
東京電力が免責をされない理由は何か?
問題は、なぜ今回の福島第一原子力発電所の事故に関連した巨額の損害賠償責任は全面的に東京電力にあるのかです。
「原子力損害の賠償に関する法律」第三条 「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」という免責条項が今回の東京電力のケースには適用されない理由はまだ十分明らかになっていないと思います。「国民感情から」と言うのでは十分な理由にならないと思います。それでは、①「異常に巨大な天災地変」では無かったからなのか。
そんなことはないと私は思います。
政府からは「異常に巨大な天災地変」では無いと言う意見が出ていますが、それでは「原子力損害の賠償に関する法律」第三条ただし書の意味はほとんど無いと思います。そして、この場合は下記の条項による処置が取られるものと考えます。
「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第3条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
なお、今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」ではないとなれば次項以下の検討の意味も無くなります。
②今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして、東京電力は国の方針に従って原子力発電所を建設し、運営していなかったからか。
これは、厳密な検証が必要だと思います。平成18 年9月19 日・原子力安全委員会決定の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の最後に
8.地震随伴事象に対する考慮
施設は、地震随伴事象について、次に示す事項を十分考慮したうえで設計されなければならない。
(1)略
(2)施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。
とありますが、監督官庁である原子力安全・保安院が、8−(2)に関して東京電力に警告を発していた様子はうかがわれないと思います。想定外という東京電力の弁明からは言われた通りにやっていたことだったように思われます。
③今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして東京電力は、想定していた以上の今回のようなリスク発生に対して備えていなかったからか。
これは大変難しい問題です。
リスクマネジメントに関する研究仲間が2007 年7月24 日に福島県共産党委員会が東京電力株式会社に出した申し入れのことを教えてくれました。ホームページを見ますと、「申し入れの第4項で、福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水ができなくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。と指摘し、そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東京電力はこれを拒否してきた」と記述されています。それが現実のことになってしまいました。
企業は一定レベルのリスクを「想定」してリスク対策を行います。M 9クラスの地震は世界では既に起こっており、貞観地震のことも語られている等、今回の事態は全く予想もできなかったことでは無いものと考えます。
「原子力損害の賠償に関する法律」第三条の免責条項が適用されるためには、先の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」としてM9 クラスまでの地震・津波対策を講じておく必要があったのかということになります。東京電力はそこまで考えていなかったと思います。
それでは原子力安全委員会、原子力安全・保安院の役目は何だったのでしょうか(今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」ではなかったとすれば、なおさらその感がします)。
一般には、企業の体力に応じた想定リスクのレベルを定め、企業の想定以上のリスク発生時にはどうするかを企業倒産も視野に入れて考えておくことが現実的だと私は思います。個別企業のリスク管理の場合は企業の命運と従業員の命にはかかわりますが、世の中への影響は少ないと思います。しかし、国とか地方自治体、あるいは原子力発電など「想定外のことが起こってはいけない」場合の「想定リス
クのレベル」について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。ただし、だから東京電力に全面的に損害賠償責任が生ずるのでしょうか。
④今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして、東京電力は、リスク発生後の対応に不備があったからか。
これについては議論が多いと思います。しかし、リスク発生後の対応が悪かったら全面的に免責条項が適用されないということになるのでしょうか。
4 月23 日付けの産経新聞の社説「許されぬ政府の責任逃れ」は「問題は大震災が原子力損害賠償法に基づく免責適用の対象に当たるかどうかについて、明確な判断と説明を欠いていることだ」と主張していますが、全く同感です。
今後、電力各社は原子力発電事業の運営にあたり、自然災害のリスクをどう想定するのか、免責条項が適用されるためには、どこまでの対策を講じておかなければならないかがはっきりしないという大きなリスクを負うことになり、場合によっては、今回のように会社の根底を揺るがすことになります。
この結果、原子力発電所の地震・津波対策は充実するでしょうが、発電コストの上昇は避けられません。今後の原子力発電所の新設の問題にも関わる等、我が国のエネルギー対策の根幹に関わる問題だと思います。
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