2011/05/25
企業を揺るがした危機の真相
チッソのケースは参考になるのか
東京電力の今後の姿について、水俣病を引き起こしたチッソの例から考えてみたいと思います。
水俣病は、チッソ水俣工場の工場廃水に含まれて排出されたメチル水銀化合物が水俣湾内の魚貝類を汚染し、それを摂取した地域住民が発病したものです。チッソの水銀汚染(水俣病)は昭和25 年(1950年)ころから発生していましたが、チッソは自社の責任とは認めず、原因が中々特定されなかったのですが、昭和48 年(1973 年)に原因が確定しました。チッソ側では、その後、水俣病の補償金が急増しました。
チッソの場合は「原子力損害の賠償に関する法律」のようなものはありませんでしたから、補償金は全額チッソの負担になりました。
昭和48 年3月期(6カ月)チッソの売上高264億円、純利益7 億円に対し、水俣病関係費用は66億円が計上されました(昭和47 年9 月末自己資本は70 億円)。
昭和53 年(1978 年)3月末には繰越欠損金は363 億円に達しました。期末自己資本は△ 276 億円となり、上場廃止に追い込まれました。
熊本県は県債を発行して、チッソに補償費用の融資を行っており、水俣病の補償遂行のため 会社は存続していました。
平成17 年3 月(2005 年)期の状態は、売上高1147 億円・経常利益78 億円(水俣病補償損失45億円・公害防止事業負担金12 億円)、期末繰越損失1509 億円、長期借入金1420 億円でした。年間売上高を上回る繰越損失、長期借入金(熊本県からの借入金)で、返済も容易でなく、金利が上がれば利益も危ない、実質死に体状態でした。
22 年(2011 年)3月期は売上2612 億円、経常利益220 億円、純利益105 億円(水俣病補償46 億円)、長短借入金1881 億円、純資産合計△ 807 億円と状況は大分改善されました。23 年3月末に分社化し、事業譲渡受会社はJNC ㈱(チッソ子会社)、チッソ㈱は持株会社となり、従来同様補償を継続することになりました。原因確定から38 年後のことです。
東京電力の処理も長期間掛ることでしょう。
企業の損害はどうするのか
ちなみに、今回、福島第一原子力発電所の事故による農業・漁業の損害について補償は当然のことと議論されていますが、企業の損害についてはあまり議論されていません。
計画停電については、「電気供給約款」の下記の条項が免責の根拠だと思います。
40 供給の中止または使用の制限もしくは中止
(1) 当社は,次の場合には,供給時間中に電気の供給を中止し,またはお客さまに電気の使用を制限し,もしくは中止していただくことがあります。
イ、ロ、ハ(略) ニ、非常変災の場合
42 損害賠償の免責
(1) 40(供給の中止または使用の制限もしくは中止)(1) によって電気の供給を中止し,または電気の使用を制限し,もしくは中止した場合で,それが当社の責めとならない理由によるものであるときには,当社は,お客さまの受けた損害について賠償の責めを負いません。
「原子力損害の賠償に関する法律」の免責条項が不適用の理由を明らかにすると同様、「電気供給約款」の免責条項は適用される理由も明らかにされるべきではないかと思います。
阪神淡路大震災の時、兵庫県議会で「地震による中小企業の被害を国や県は救済できないのか」と言う質問がありました。「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことはできない。〈長期低利融資で助ける、利息は出来るだけ補給する〉のが企業救済の限界だ」という答弁がなされました。東京電力の負担能力の問題はあるでしょうが、計画停電、節電に関して個人や企業の蒙った損害の責任に関する議論はなされなくて良いのだろうかと思います。
最後に
「今回の地震・津波は〈異常に巨大な天災地変〉では無い。従って東京電力に賠償責任がある」となった場合、東京電力は巨大な賠償責任を到底負担できないと思います。そこで「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条により「政府は原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内で行なう」ことになるのだと思われます。
政府は明確にしていませんが、今報道されている支援策は損害賠償の責任と賠償の事務処理の負担が東京電力にのみにあることを前提に、資金援助や資本の注入のスキームを考えているように見えます。
リスク発生後、企業はキャッシュフローが破綻すれば倒産します。今回の場合、仮に政府が、キャッシュフローの支援策を確立しても、チッソ以上に悪化するであろう財務体質の改善は容易なことではありません。長期的に悪化する財務体質の中で、電力の供給責任を維持し、金融機関の融資・社債権者の保護を図り、国民負担の最小化を図るなど数多くの難題の処理が待っています。東京電力のケースは、リスクの発生によるキャシュフロー・財務体質の悪化、企業の将来に関して極めてシビアな問題を我々に投げかけています。すべての企業に取って他人事ではありません。
東京電力については、今回のことを契機に事故発生に至る経過の検証の後、原子力発電事業のリスク対応について、国の責任分担をも含めどうあるべきかの議論が行われることを期待致します。 ※4月末時点で執筆
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