第3回 東京電力だけを責めて何になる!?
眞崎 達二朗
眞崎リスクマネジメント研究所代表、GRC ジャパン株式会社顧問。コンサルビューション株式会社顧問。株式会社ニチオン顧問。京大法学部卒。1957 年住友銀行入行。本店支配人などを経て、同行退職後、山之内製薬株式会社役員、銀泉株式会社役員など歴任。05年6 月中小企業庁「中小企業BCP 策定運用指針」作成プロジェクトの有識者会議メンバー。
2011/05/25
企業を揺るがした危機の真相
眞崎 達二朗
眞崎リスクマネジメント研究所代表、GRC ジャパン株式会社顧問。コンサルビューション株式会社顧問。株式会社ニチオン顧問。京大法学部卒。1957 年住友銀行入行。本店支配人などを経て、同行退職後、山之内製薬株式会社役員、銀泉株式会社役員など歴任。05年6 月中小企業庁「中小企業BCP 策定運用指針」作成プロジェクトの有識者会議メンバー。
東日本大震災における東京電力の状況については、すでに十分すぎるほど各マスコミで議論されているわけですが、本稿では、リスクファイナンスの視点から、問題の本質がどこにあるのか、今後、東京電力がどのような姿になっていくのかを考えてみたいと思います。
雪印乳業と東京電力の比較
さて、現在の東京電力の状況はどうでしょうか。前号までの雪印乳業の場合と同じように、東京電力のケースをなぞってみました。平成21 年3 月期までは新潟県中越沖地震で被災した柏崎原子力発電所の復旧費用等があり赤字で、平成22 年3 月期にようやく黒字になったばかりでした。
右記のように、東京電力の22 年3月末の手元現金・預金残高は平均月商の0.43 カ月分です。
手元現金・預金残高は月商の1カ月分くらいあった方が良いと言われています。東京電力の手元現金・預金残高は過小です。しかし、東京電力の財務担当者は地震が発生して、万一、原子力発電所で事故が起こっても、「原子力損害の賠償に関する法律」の規定*1に免責条項がありますから、自社が資金的に行き詰まるなどということは全く考えていなかったと思います。
*1「原子力損害の賠償に関する法律」の規定…第二章 原子力損害賠償責任(無過失責任、責任の集中等)第三条 、「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」
前回、書きましたように、雪印乳業の手元現金・預金残高は過小でしたから、私は「事故発生後、短期間で雪印乳業の手元資金は底をつき、金融機関の支援が無ければ、資金的に行き詰まる恐れがある」と考えていました。しかし、投資家も世間も雪印乳業が事故発生後わずか3週間で資金繰りに窮するとか、また万一、資金繰りに窮したとしても、その場合にメインバンクが支援しないなどということは全
く考えていなかったわけです。この理由は単に世の中で誰もそう言わなかったからです。従来、我が国の新聞・雑誌はある企業が倒産の危機にあるとはなかなか書きませんでした。
ところが今回は、先ず3月21 日にファイナンシャル・タイムズが社説で、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故に関連した巨額の損害賠償で、「東京電力は現在の形態で存続できないだろう。国有化される可能性もある」と指摘しました。これに続いて、ロイター、ウォール・ストリート・ジャーナル等が次々に東京電力の財務的な不安を記事にしました。この結果、国内の新聞・雑誌も後追いを
しました。
3月23 日、震災発生後わずか12 日目に「三井住友銀行など3メガバンクと中央三井信託銀行など4信託銀行が2兆円規模(月商の5 カ月分)の緊急融資を実施する方向で検討に入ったことが分かった。7行は月内にも融資する見通し」との記事が各紙で報じられました(雪印の場合は6月27 日事故発生の3週間後に300 億円(月商の0.6 カ月分)を貸し出すと報道)。
当面の資金繰りが解決したにも関わらず、信用不安から東京電力の株価は急落を続け、4月6日には一時、年初来安値292 円(年初来高値比13%)まで下落しました(雪印の場合は前月高値比57%まで下落)。
東京電力が、仮に約3兆円以上の損害賠償を負担すれば、自己資本はマイナスになります。更に大震災による被害の復旧費用、発電コストの上昇、売上減による収益の悪化、原子力発電所の事故処理費用等が資産内容を悪化させます。また、数万件以上に及ぶ損害賠償の手続きを東京電力が行えば、その事務処理費用も莫大になると思います。さらに、今後、東京電力の社債の発行は難しくなると思いますから、社債の償還資金も銀行から借入れなければなりません。将来は10 兆円を超えると思われる銀行の貸付金債権の内容が悪化すれば我が国の金融機関の国際的な信用にも影響すると思います。奥全銀協会長が「2 兆円は日本の産業を守る社会的使命によって融資した。今後の融資のためには政府の一定の関与が必要」と言っておられますが全くその通りです。今後の推移が注目されます。
一方、現在、東京電力の資金繰り対策、資本注入対策などが議論されていますが、企業と国が損害賠償をどう負担するかの議論は見当たりません。戦慄すべき事態です。
米倉経団連会長は、「東京電力に対し原子力損害の賠償に関する法律の免責条項の適用をするよう」政府に求めておられますが、枝野官房長官は「損害賠償は第一義的には東京電力の負担だ」と言い続けておられます。そのため東京電力の信用不安は解決せず、株価が暴落しているわけです。政府は「電力の安定供給を図るため、十分検証の上、国民も納得できる形で企業と国の負担割合を決めたい」と言えば良かったと私は思います。
事故発生の原因である津波想定に対する不信、発生後の事故処理対応に対する不安、広範な損害の発生と被害者への対応の不十分さ、クライシス・コミュニケーションの不手際等々、東京電力に対する厳しい国民感情は否定できませんが、国の方針に従って原子力発電所を建設し、運営していた東京電力だけをバッシングしても、問題の解決にはならないと思います。
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