2018/11/19
安心、それが最大の敵だ
フロスト詩集から、私の愛唱する詩を紹介しよう(和訳は英米文学者安藤一郎氏の訳文、『フロスト詩集』(岩波文庫)などから引用する)。
作品1
The Pasture
I'm going out to clean the pasture spring;
I'll only stop to rake the leaves away
(And wait to watch the water clear, I may):
I shan't be gone long. ―You come too.
I'm going out to fetch the little calf
That's standing by the mother. It's so young
It totters when she licks it with her tongue.
I shan't be gone long. ―You come too.
<和訳>
牧場
わたしは牧場(まきば)の泉をきれいにしようと出かけるところ、
ちょっと止まって木の葉を掻きのけるだけですよ
(そして水の澄むまで待って見る、たぶん)、
長くはかからない――あなたも来なさい。
わたしは小さな仔牛(こうし)を連れてこようと出かけるところ、
母牛のそばに立っているのを。まだ幼くて
母牛が舌でぬぶるとよろよろするんですよ。
長くはかからない――あなたも来なさい。
(安藤一郎訳)
●筆者(高崎):早春の牧場の情景を、これほど簡潔にみずみずしく、描いた英詩は他にないのではなかろうか。
作品2
Dust of Snow
The way a crow
Shook down on me
The dust of snow
From a hemlock tree
Has given my heart
A change of mood
And saved some part
Of a day I had rued.
<和訳>
雪の粉
一羽のカラスが
ツゲの樹から
僕に雪の粉を
ゆりおとす
僕はその様子に
気分がかわり
悼みの一日の
幾分を取り戻す。
(川本皎嗣訳)
●「フロスト詩集」での川本氏解説:「俳句のように軽妙な味わいを持ち、ワンセンテンスからなるこの短詩は、ほぼ単純な単音節語でできている。イマジズムの影響があるかもしれない。カラスを無理に擬人化する必要はない。共に生きる自然の一部に過ぎないのだ」
作品3
The road not taken
Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;
Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same,
And both that morning equally lay
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.
<和訳>
「歩む者のない道」
黄色い森の中で道が二つに分かれていた
残念だが両方の道を進むわけにはいかない
一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ
一方の道の先を見透かそうとした
その先は折れ、草むらの中に消えている
それから、もう一方の道を歩み始めた
一見同じようだがこちらの方がよさそうだ
なぜならこちらは草ぼうぼうで
誰かが通るのを待っていたから
本当は二つとも同じようなものだったけれど
あの朝、二つの道は同じように見えた
枯葉の上には足跡一つ見えなかった
あっちの道はまたの機会にしよう!
でも、道が先へ先へとつながることを知る私は
再び同じ道に戻ってくることはないだろうと思っていた
いま深いためいきとともに私はこれを告げる
ずっとずっと昔 森の中で道が二つに分かれていた。
そして私は… そして私は人があまり通っていない道を選んだ
そのためにどんなに大きな違いができたことか
(川本皎嗣訳)
●「フロスト詩集」での川本氏解説:「フロストと言えばすぐに挙げられる代表作の1つ。2000年4月に発表された調査では、アメリカ人が最も愛する詩人はフロストで、詩ではこれが一番だったという。どちらの道を進めばよかったのかは誰にもわからないが、選択が『大きな違い』を生んだことだけは確かだ」
作品4
Stopping by woods on a snowy evening
Whose woods these are I think I know.
His house is in the village though;
He will not see me stopping here
To watch his woods fill up with snow.
My little horse must think it queer
To stop without a farmhouse near
Between the woods and frozen lake
The darkest evening of the year.
He gives his harness bells a shake
To ask if there is some mistake.
The only other sound's the sweep
Of easy wind and downy flake.
The woods are lovely, dark and deep.
But I have promises to keep,
And miles to go before I sleep,
And miles to go before I sleep.
<和訳>
雪の夜、森のそばに足を止めて
この森の所有者はだれか、わたしにはわかっている
だが、彼の家は村の方にある
雪の降り積もった森を眺めようと、
ここに立ち止まっているのは彼に見えないだろう
わたしの小さな馬は不審に思っているに相違ない
森と凍った湖のあいだ
近くに農家もないところに立ち止まるのを、
それも一年じゅうで一番暗い夕べに
馬は何か間違ったことはないかと
馬具についた鈴を一ふり鳴らす
あたりでほかに聞こえるものは
雪ひらを伴って吹きすぎる風の音ばかり
森は美しく、暗くて深い。
だが、わたしには約束の仕事がある
眠るまでにまだ幾マイルか行かねばならぬ
眠るまでにまだ幾マイルか行かねばならぬ
(安藤一郎訳)
●訳者・安藤一郎氏:静寂の世界である。フロストの詩のうちで、もっとも親しまれている詩の1つ。ニュー・イングランドの山地は冬季に深い雪で蔽われるので、フロストには雪の詩で優れたものが少なくない。 ここの雪景色は、墨絵のように美しくて寂しい。しかし、単なる自然詩ではない--自然は人間のいる場面になっていて、焦点に馬がおかれている。この詩は「死」を象徴的に暗示しているとか、最後に「眠るまでは…」を二度繰り返しているところにモラルがあるとか言う批評家もあるが、これを教訓的に解釈する必要はない。雪の降る森の美しさに接していても、そこに生活にたいする意識が自然と平行して浮かび上がってくる。そういう人間の営みの間に入ってくる自然こそ、ほんとうに美しく感じられるのである。
以上、私の愛するフロスト作品のほんの一部を紹介した。紹介したい詩はまだまだたくさんある。フロスト作品をゆっくりと味読すると、深い森と湖の広がる自然豊かなニューイングランド、厳冬そのものの豪雪地帯のニューイングランド、そして約250年前にイギリスから独立を勝ち取った東部13州からなるニューイングランド…これらの映像が瞼によみがえるのである。
参考文献:「フロスト詩集」(岩波文庫)、「フロスト」 (安藤一郎、新英米文学評伝叢書)
(つづく)
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