2011/01/25
誌面情報 vol23
瑛得管理諮詢(上海)有限公司 総経理 海司昌弘氏
1.2010年11月15日上海で高層マンション火災発生
去る2010年11月15日の14時頃、上海の28階建て高層マンションで、58名が亡くなり71名が負傷するという大規模火災が発生しました。火災発生の原因は、マンション改修工事にあたり、無資格の溶接工が不適切な溶接を行った結果、飛び散った火花が竹製の足場などの可燃物に引火したことと言われています。ただ、これ以外にも、短時間に火災がこれほどまで拡大し、建物全体が全焼するに至った要因はたくさんあると思われます。そこで今号では、現地での視察内容も交え、火災発生や火災が拡大した要因、今後の対策について概説します。
2.火災発生面からの検討、どうして火災は発生したか?
今回の火災発生は、当該マンションの外壁改修工事中に発生しています。まず、この工事中の防火対策に複数の問題点が見られたと言われています。
(1)溶接作業
今回の作業は、無資格の溶接工が作業を行っていたということであり、安全対策がしっかりされていたか、非常に疑問が残ります。
今回の事故に限らず、溶接作業は火災発生の主要因の1つです。そもそも火気、火花を直接伴う作業であり、当該作業は火災リスクと絶えず背中合わせといっても過言ではありません。この火花は、発生直後のみだけではなく、周囲の可燃物などに飛散した場合には、しばらく燻(くすぶ)った状態が続き、一定時間経過後に出火するといったことが多く見られます。
一方、工事作業においては、通常のオペレーションの一環であり、さほど重要視されずに作業が進められている事業場も少なくありません。作業場周辺から可燃物を除去し作業を行う、もしくは養生がしっかり行われていたら…。後から言うのは簡単ですが、溶接作業の恐ろしさが露呈した結果と言えます。
(2)下請け構造
多くの建設工事の形態として、元請け・下請け構造といった問題があります。下請けも3次4次…と、発注者がまったく知らないような先が現場では作業をしているといったことも少なくありません。
元請会社自体は、安全対策もしっかりとした会社だが、下請けになるにつれて、安全対策がズサンになっているということもよく見られます。現場で監督者が不在だったり、今回のように無資格者が作業をしたり、従業員向けの安全教育が十分にされていなかったり、現場での下請け会社間同士での連携体制に問題があったりと、様々な問題が現場では見受けられます。
(3)低コスト受注
今回の工事の受注内容は定かではありませんが、一般的には低コスト受注といった問題も安全対策に支障をきたしています。というのも、発注金額が安くなると、十分な人手が確保できない、突貫工事で対応するしかない、安全対策を十分に施した資材、設備が用意できない…など、どこかに必ずしわ寄せが生じます。「安かろう、悪かろう」で良いのであれば、それはそれでいいのかも知れませんが、そうでなければ「安全は、お金に代えられない」といった考え方を最優先に持つことが必要です。
3.火災拡大は止められなかったのか?
万が一火災が発生した場合でも、直ぐに消火活動などを行い、鎮火することができれば、大惨事にならずにすみます。即ち、リスク対策を考える上では、「予防1」と「防護2」といった2つの考え方が重要です。
火災に限らず多くのリスクは、「予防」活動により発生可能性を「0(ゼロ)」にできれば理想的ですが、現実的にはなかなかそうはいきません。そうした場合には、発生したリスクをいかに最小限にすることができるか、いわゆる「防護」活動が重要となってきます。今回の火災事故では、この「防護」面からも、リスクを最小限化するどころか、より一層拡大させてしまう複数の問題点が見られたと言われています。
1:損失の原因となる事象の発生そのものを抑える活動
2:発生した事象による影響の排除、局限化、拡大防止策
(1)燃えやすい資材・設備等の使用
建築現場には多くの資材・設備等が使用されています。典型的なのは、足場やネットです。中国では、いまだに多くの建築現場で「竹製の足場」を目にします。今回の建築現場では、骨組みには鉄製のパイプが使用されていましたが、足場(作業用の通路部分)は、竹を編んだものが使用(左下写真)されており、火災が発生すると、瞬く間に延焼媒体として火勢を強める要素に変貌します。それを証拠に、火災発生後の現場では、ほとんどの箇所でこの竹製の足場が焼け落ち、建物外周は剥き出しになった鉄製パイプの骨組みだけが残っています。
あわせて、落下防止用のネット(右下写真)についても、当該工事現場では、規定外の易燃性のビニールタイプが使用されていたと報告されています。上記の竹とあわせ、これら易燃性の資材・設備等が火災発生後に、火勢を一気に強めた大きな要因と思われます。
(2)防火区画の有り様
上記(1)では建物外周の延焼要因について述べましたが、建物内部においても、様々な延焼要因があります。通常、高層マンションは、上下階の移動にエレベーターもしくは、階段を使用しますが、火災発生時には、これらは、火や煙が進行していく通路にもなります。防火扉などにより、階段室やエレベータールーム自体を他のエリアから隔離することが必要ですが、多くの現場では、防火扉の前に障害物などが置かれて、完全な閉鎖ができなかったり、そもそも扉が、防火性能を有していなかったりと、まったく機能していない状況をよく目にします。
その他、廊下など共有部分にも大量の私物が置かれ、火災発生時にこれらが延焼媒体にもなり火勢を強めることも多くあります。今回は退職教員用へのマンションで火災が発生していますが、特に、自己所有マンションでない物件については、居住者の安全管理意識にも濃淡が出やすく、なかなか厳格な管理が行き届いていないという問題が見られます。
(3)避難対策
また火災の延焼を食い止めると同時に火災発生時には、人命をどう救えるかといった点で、避難対策も非常に重要です。上記、防火区画の有り様にも繋がりますが、今回の火災では、避難できずにさ迷い、外周の足場や屋上に避難する居住者、建設工事関係者などの姿が多く見られました。
消防はしご車による救出は、当然ながら高さに限界があります。一方、高層マンション、高層ビルの建設ラッシュが続いており、また昨今、日本に限らず中国においても高齢者社会といった社会問題も出てきています。高齢者をはじめとする災害弱者の観点からも、二方向以上の避難ルートの確保など、この機に避難対策を見直してみることも必要と思われます。
4.今後のリスク対策への提言
災害の記憶は、時間の経過と共に簡単に風化してしまうのも事実です。このような大規模災害が発生し、世間においても非常に関心が高まっているこの時にこそ、今後のリスク改善に向けた取り組みや意識の向上が少しでも進展することが期待されます。
(1)消防火設備の拡充
建物に付帯する消防火設備としては、一般的には「自動火災報知機」「スプリンクラー設備」「消火器」「屋内外の消火栓」などが考えられますが、これら住宅にはまだまだ普及されていないのが実態です。火災が発生した際に自動的に消火を行う「スプリンクラー設備」に始まり、迅速に火災を検知する「自動火災報知機」、迅速に初期消火を行う「消火器」「屋内外の消火栓」、これら消防火設備の普及が望まれます。
なおこれら設備については、「ハード面」だけでの設置に終わらず、「ソフト面」での維持・管理も重要です。誤報・誤作動が多いので、元の電源を切っていた、いざという時に使用方法が分からなかった、設備の付近に障害物が山積し、設備が使用できなかった、メンテナンスが十分されておらず、いざという時に使用できなかった等の問題点が、多くで聞かれます。「ハード面」「ソフト面」双方での管理を維持することが非常に重要なポイントとなってきます。
(2)「監視の目」の強化
人間誰しもが「甘え」「油断」「見落とし」「錯覚」などのマイナス面の人間特性を持っています。また先述の通り、災害発生直後は緊張感があり管理が厳しくされますが、日に日に鈍化しやすいものです。
そこで第三者による「監視の目」を導入することにより、安全レベルを維持・向上することも非常に有効です。自前の組織でも結構ですし、第三者の専門機関等に委託し、監視・点検等を行うことにより、不安全な状態や不安全な行動を浮き彫りにすることを是非この機に検討、実施下さい。なお一般的には、これら監視・点検活動も日に日にルーティンワーク化し、巡回するということ自体が業務となり、新たなリスクが見つけにくくなっていることも往々にして見られます。
私たちの身の回りには日々新たなリスクが発生・更新されています。不安全な状態や不安全な行動について、いかに新たな観点を持って、おかしい、問題があるのでは…、と気付くことができるかが、その後の安全活動のレベルアップが可能となるか左右するといっても過言ではないと思われます。そのためにも、様々な現場において、リスクを見抜く力が醸成されることを切に期待し、このような惨事が繰り返し発生しないことを祈るばかりです。
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