リスク視点において、ビジネスの交渉は何を目標とすべきか(イメージ:写真AC)

交渉術という名のリスク発生装置

前回、さまざまなリスクに対峙するために、いわゆる交渉力の必要性を、少々強引ではあったかもしれないが、訴えた。そしてこの交渉力を支える交渉術なるものに「ハーバード流交渉術」「ケンカ交渉術」が存在し、同じ「交渉術」と銘打ちながら根本的に異なることを提示した。

根本的に異なる交渉術が混在しているビジネス界(イメージ:写真AC)

前者はリスクを低減する方向に向かい、後者はリスクを増大させる方向に向かう傾向があり、この似て非なるものを明確に認識する必要がある。だが、社会一般にこのことが意識されず、混在して、紛らわしいものになっているのが現実である。今回は、この二つの「交渉術」の違いと、その結果もたらす事象を分析していきたい。

両者の違いを端的に示すなら、ハーバード流交渉術は「Win-Win」を目指すものであり、ケンカ交渉術は「勝ち取る」を目的とすることである。実は、この違いは大きい、というより真逆といってよい。

「勝ち取る」とは1人称での認識であり、その裏に「負ける」存在があることは無視できない。短期的に折り合いがついて納得のうえだとしても、負け側ははっきりと負けを認識し、勝ち側に対して譲歩し勝たせたことを自覚するだろう。これはある意味で主従関係に近い格差ともいえる状態を生み出す。

主従関係そのものが悪いわけではなく、良好な関係もあるだろう。ただ、はっきりいえるのは、決してイコールパートナーではないという現実である。

イコールではない関係のなか、交渉は得てして部分最適にはまり込む(イメージ:写真AC)

社会の関係式で、すべてがイコールパートナーになることはあり得ない。資本関係やグループ経営において、関係は決してイコールではない。とはいえ、これらの関係式でも、全体最適思考が働けば向かう方向は「Win-Win」であろう。それが得てして、部分最適にはまり込んでしまうのではないだろうか。

部分最適にはまり込むといえば、多くの方にその問題性をご理解いただけると思う。それでは、最適な状態を持続的に維持できるはずがないのである。ケンカ交渉術は一人勝ちであればあるほどよいという思考のもとで勝ちにこだわる結果、部分最適が進展するのだ。

しかしながら、目指すべき「Win-Win」の構造はいうほど簡単ではない。