出典:story set

米国の映画界で、つまり世界の映画界で最も名誉ある賞と言っていいアカデミー賞の授賞式は、世界中から注目を集め、毎年何らかの話題を提供してきた。ウィル・スミスが司会者に平手打ちを食らわせた一幕を鮮明にご記憶の方も多いだろう。

そして今年も、耳目を集める“事件”が起きた。

アカデミー賞の授賞式では、前年度の受賞者がトロフィーを手渡しする慣習がある。注目を集めたのは、その、トロフィーを受け取る二人の俳優の所作だった。

1人目は、『オッペンハイマー』での演技が評価され、助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jr.。『『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で2003年に同賞を受賞したアジア系俳優キー・ホイ・クァンからトロフィーを受け取ったが、ダウニー・Jr.はクァンと目も合わせず、他の白人俳優たちと喜びを共有してスピーチを始めた。これが、クァンに対する敬意に欠けた行動と見なされた。

2人目は、『哀れなるものたち』に主演し、主演女優賞を受賞したエマ・ストーン。クァンと同じく『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に出演し、アジア人初の主演女優賞を受賞したミシェル・ヨーがトロフィーを手渡したが、ヨーとはほぼコミュニケーションを取ることなく、親交の厚い白人女優ジェニファー・ローレンスとトロフィーを持ちながら抱擁して喜びを分かち合った。これが、本来のプレゼンターであるヨーをないがしろにしている態度と見なされた。

ともに、軽視されたと見なされたのがアジア系の俳優で、軽視したと見なされたのが白人俳優だったことから、2人の行為がレイシズム(人種主義・人種差別)に基づくものではないかという批判が沸騰した。軽視されたと言われたヨー本人が事態を沈静化させるためのコメントをインスタグラムで公表する羽目に陥ったが、その声明すら「白人をかばうための嘘」「差別を受けた当人が取り繕わされるほどに映画界の差別は根深い」と批判を集めることになった。

さて、この騒動をどう捉えればいいのか。アカデミー賞にまつわる「差別批判」の議論から、公の場に立つ企業の役員やスポークスパーソンが学ぶべき点は多い。

近年、アカデミー賞は多様性の欠如を指摘され、批判を受けている。2016年は、有色人種が1人もノミネートされなかったことで非難を集め、「#OscarsSoWhite(アカデミー賞はあまりにも白い)」が拡散された。これを受けて、2020年のアカデミー賞は作品賞の条件に「多様性」を設けるなど対策を講じてきた。

これらは、会社に置き換えれば、行動指針や倫理規定に差別の禁止を盛り込んだようなものだ。言うまでもなくルール策定は大切だが、残念ながら、どれだけ形式的にルールを定めて日々備えても、組織に属する人間のふとした言動によって組織は社会的に評価されてしまう。アカデミー賞のケースは、この現実を如実に物語っている。

アカデミー賞の授賞式のような檜舞台――たとえば記者会見などでの言動に気を付ければいい、とお考えかもしれない。しかし、いま、誰もがカメラ付きのスマートフォンを持ち、そのスマートフォンの多くがSNSに繋がっている。日々の生活や行動のすべてがいつ不特定多数の目に触れるか分からないと考えておいた方がいい。会社を代表する幹部やスポークスマンであればなおさらだ。