ジャニーズ問題を例に考える人権デュー・ディリジェンス
取引先での人権侵害問題対応
株式会社フォーサイツコンサルティング/
執行役員
五十嵐 雅祥
五十嵐 雅祥
(一財)レジリエンス協会幹事。1968年生まれ。外資系投資銀行、保険会社勤務を経て投資ファンド運営会社に参画。国内中堅中小製造業に特化した投資ファンドでのファンドマネジャーとしてM&A業務を手掛ける。2009年より現職。「企業価値を高めるためのリスクマネジメント」のアプローチでコンプライアンス、BCP、内部統制、安全労働衛生、事故防止等のコンサルティングに従事。企業研修をはじめ全国中小企業団体中央会、商工会議所、中小企業大学校等での講師歴多数。
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今回は、ジャニーズ事務所の性加害問題を例に、企業と人権の問題について解説していきます。
■事例:企業における人権問題
日本を代表する芸能事務所で、故人となった創業者が長年にわたって所属タレントに性加害をしていたことが明らかになりました。そのような話は以前より噂されていましたし、一部の週刊誌で記事になり、その真偽を争う裁判では、週刊誌側の勝訴になったこともありました。しかしながら、TVや新聞ではそれらが報じられることは一切ありませんでした。理由として当該事務所に所属しているタレントは総じて人気があり、影響力が大きいため、事務所への忖度があるからではないかと言われていました。
今年に入り、海外メディアのドキュメンタリー番組で創業者の性加害問題が取り上げられたのをきっかけにして、世間で大きく騒がれるようになりました。9月には当該事務所が一連の問題で初めて会見し、性加害の事実を認めて謝罪を行いました。そして社長と副社長が引責辞任し、最年長の所属タレントが新社長に就くことを発表したのでした。
これを受けて、所属タレントを自社のCMに起用していた企業が続々と契約の打ち切りを発表しました。当該事務所の所属タレントをCMに起用している会社は国内に数多くありますが、これまでに30社以上がCMの打ち切りや契約満了をもって更新しない旨を公表しています。CMの打ち切りを公表したある企業は、その理由を「人権侵害を助長しないため」としていますが、一方、「タレントに罪はない」との声も上がっていて、「引き続き所属タレントを起用する」としている企業も見受けられます。
中小企業に勤務するAさんは、「わが社はCMを打つような企業ではないし、今回のCM起用中止の是非については各々の立場もあるだろう。ただ、取引先の何らかの人権侵害が明らかになった際に、当社として、即座に取引を停止すべきかという問題に置き換えると、どうすればいいのか正直わからない。近年、人権デューデリジェンス(人権DD)ということもいわれているが、取引先に対して何をどれだけ行う必要があるのだろうか?」と考えています。
■解説:国際基準として重視されている人権問題
2011年に国連人権理事会の関連決議において「ビジネスと人権指導原則」が支持されて以降、企業の人権尊重を促す様々な政策が世界各国で講じられてきています。特に、グローバル・サプライチェーンに携わる企業は、事業を行っている国の国内法令を遵守するだけではなく、国際的な基準等に照らしてその行動が評価されるようになっています。
経産省と外務省が2021年に上場企業を対象に行った調査では、回答があった720社中およそ7割の523社が人権尊重に関して人権方針を策定、または企業方針、経営理念、経営戦略などに明文化しているという結果も出ています。
このような流れの中、事例のような問題が発生した事を受けて、自社のCMやその他の販売促進活動に所属タレントの起用を見送るというのは、当然のことなのかもしれません。これらの主な理由として、
企業倫理の観点からみれば、今回の問題は当該事務所に重大な問題があるため
企業が契約しているのはタレント個人ではなく、事務所(会社)であるため
コンプライアンスの観点において、事務所側が今後の具体的な施策や見通しを明確に示していないため
特に性加害や幼児虐待についての海外の目は厳しく、グローバル展開を行っている企業ほど厳格な対応をしたことをアピールしなければならないため
などが挙げられます。
一方、所属タレントを今後も起用すると決定した企業もあります。例えば、TV民法各局は、「所属タレント個人に罪はない」として、今後も自局の番組へのキャスティングを続けると表明していますし、社長自らがCM契約の継続をSNSで公表した企業もあります。
筆者は、これらの対応の違いが生じる最も大きな要因は、自社の事業が国内で完結するか否か、ということがあるのかもしれないと思っています。
例えば、一連の問題を受けて、最も早くCMの打ち切りを決定した某飲料メーカーは、現在行われているラグビーW杯フランス大会におけるワールドワイドパートナーになっています。このような企業が国内での自社商品のCMに人権侵害を犯していた企業に所属しているタレントを起用しているということは、海外から厳しく非難されるであろうことは想像に難くありません。
しかしながら、人権侵害の問題を受けて即座に「取引停止」をするといった対応が正しいものであったかどうかといえば、決してそうではないともいえます。
政府が昨年9月に発表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf
によれば、「取引停止」は確かに対応手段の1つであることは確かです。ただし、「人権への負の影響が生じている又は生じ得る場合、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきである。したがって、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきである」とされています。そして、その理由として「自社と人権への負の影響との関連性を解消するものの、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、負の影響への注視の目が行き届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もある」とあるからです。
具体的に取引停止にする場合の企業側の責任ある対応の例として、
取引停止の段階的な手順を事前に取引先との間で明確にしておく
取引停止決定を基礎づけた人権への負の影響について、取引先が適切に対応できるよう情報を提供する
可能であれば、取引先に対して取引停止に関する十分な予告期間を設ける
といった記載もあり、今回、CM起用中止を決めたことは、これらの過程を経た上での意思決定であったのかというのは、やや疑問に感じるところです。
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