■対策のポイント:人権軽視は企業にとってのリスク

では、事例にあるAさんの疑問について見ていきます。

今回のテーマである取引先の人権侵害問題については、本連載の第10回で「SC企業の人権リスク」として2019年10月に既に取り上げた内容でもあります。その中では2011年に国連で承認された「ビジネスと人権の枠組みと指導原則」というガイダンスについて解説し、「自社ではなく取引先が人権侵害を及ぼしている場合、企業は人権侵害が改善されたかどうかという結果に対してまでは責任を求められないが、取引先に対し侵害を及ぼさないよう働きかけるところまでは責任を求められる、という線引きがなされ、サプライチェーンに対し、何をするべきかということが明確化された」と書きました。その時点では具体的に取引先に対してどのようにすればいいのかについては言及しませんでしたが、その後、上述の政府によるガイドラインが発表されました。また、今年4月にはこのガイドラインを踏まえた人権尊重の取組内容をより具体的かつ実務的な形で示すための資料として、経産省より「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002.html

が作成・公表されました。この資料は、政府のガイドラインに沿って取組を行う企業がまず検討する「人権方針の策定」や、人権DDで行う「人権への負の影響(人権侵害リスク)の特定・評価」についての詳細な解説や事例を掲載しています。さらには、別添資料には、事業分野別の人権課題も例示されていますので、自社のリスクを洗い出すうえでとても参考になるものといえます。

中小企業であるAさんの会社の場合には、(一財)国際経済連携推進センターの「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」
https://www.cfiec.jp/jp/pdf/gsg/guideline-20220215.pdf

というものも出ていますので、こちらを参考に、自社の人権尊重のための取組みを始めてみるのも良いのではないかと思います。このガイドラインには、人権問題を取組むにあたってのよくある疑問がQ&Aになって巻末にまとめられていて、中小企業が取組む第一歩として活用しやすいと思います。

リソースが限られる中小企業が人権に関しての人員やコストを割くことが難しい一面があることは確かでしょうが、人権を重視する風潮は今後ますます強くなっていくことは明らかです。芸能事務所の問題は単なるスキャンダルではなく、日本において「人権」を考える上での契機になったともいえるのではないでしょうか。

人権軽視の姿勢は、今後、企業にとって大きなリスクになり得るとの認識がこれまで以上に必要になってきています。