組織の生産性を上げるエンタープライズ・リスクコミュニケーション
メリットが上回ればテイクリスクをする組織になる
「ミスが多い」方が強いチームになれる
レイザー株式会社 代表取締役/ 日本リスクコミュニケーション協会 代表理事/
大杉 春子
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー。PR戦略の企画から危機管理広報まで、企業・行政のブランド価値向上を包括的に支援。日本において唯一、コミュニケーション戦略におけるリスク管理に特化したカリキュラムを展開する日本リスクコミュニケーション協会を2020年に設立。上場企業や防衛省での豊富な実績を持ち、リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
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あなたの会社がこれまでしてきた投資の中で、一番行ってよかったと思う投資はどんなものでしたか? 設備投資、システム導入のための費用、特定の人材採用のために支払った手数料、ブランディングのためコンサルティング費用などさまざまでしょう。
モルガン・スタンレー社の最高の投資は、リック・レスコラを警備主任に雇ったことだといわれています。
レスコラは世界貿易センタービルがテロに非常に弱いことを見抜いており、何年もかけて約3000人の社員に避難訓練を強要し、非常時に備えていました。
9.11の時、レスコラは、「慌てず席を離れないで」とのビル管理会社の館内放送を無視して、社員全員に非常階段から退避するよう指示。上の階の住人から避難をさせ、社員も訓練通り行動できました。こうしてタワーが崩壊した時、モルガン・スタンレー社の社員2687人は無事非難できたのです。
企業として、いつ起こるか分からないリスクにどう対処するのか、備えのために投資をすること、つまりエンタープライズ・リスクコミュニケーション(ERC)への取り組みは、収益と無関係な「きれいごと」ではありません。むしろ組織の生産性そのものに直結するのです。
米グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」が4年の歳月をかけた研究により、最高のパフォーマンスを発揮できるチームに見受けられる要素を5つ特定し(Google Partners, ”Google’s Five Keys to a Successful Team” )、その中でも最も大切なのは「心理的安全性」であることが解明されました。「心理的安全性」とは誰かが懸念、失敗、質問などについて発言したとき、チームが拒否したり恥ずかしい思いをさせたり制裁しない、むしろ発言が期待されている、と確信している状態をいいます。
これはもともと米ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に発表した論文で提唱したもので、2018年に「The Fearless Organization(恐れのない組織)」という題で書籍化されています。この中でエイミーは「心理的安全性」を医療チームの研究から偶然発見したと言っています。最も高い成果を上げるチームが最もミスが少ないだろうという仮説のもと調査したところ、逆に、最も成果を上げるチームは最もミスが多いという結果が出たのです。つまり有能なチームには率直に話す風土があり、気軽にミスを報告する数が多かったということが判明しました。逆に言えば、パフォーマンスが悪く生産性の低いチームの構成員はミスや失敗を隠蔽(いんぺい)しがちという傾向があるということです。
グーグルの研究結果や、書籍「The Fearless Organization(恐れのない組織)」が日本語版で出版されたことにより、最近この「心理的安全性」が注目を集め話題になっています。「職場がただの仲良しチームになり緩くなるのではないか」と批判的に読む向きもありますが、仕事への要求水準が低い職場は残念ながらそうなりがちだという現実があります。本来社員の「心理的安全性」が担保されている職場は、ミスや他者から学ぶ健全な組織風土があり、仕事への要求水準はむしろ高いものです。
ERCができている職場では管理すべきリスクについて話し合う場があり、リスク管理がされていて、有事の際に内外のステークホルダーと適切なコミュニケーションがとれるよう対策が取られています。これにより「心理的安全性」が確保され、社員が不安に悩まされることはありません。「プロジェクト・アリストテレス」は、心理的安全性の高いチームは離職率が低く、収益性が高いと結論づけています。
彼らはその「心理的安全性」を背景にリスクを積極的に取ろうとするし、実際に何かあればどのように対応するか理解して備えています。リスクを管理することとテイクリスクすることは表裏一体の関係にあるのです。こうしたチームではトラブルが迅速に報告され、すぐさま対応が行われます。部署を超えた団結が可能になり、タイミングとやり方次第では、発生したリスクを御すだけでなく、ステークホルダーとの良質なコミュニケーションに転じる行動すら起こせるかもしれないのです。
しかしながら、私たちはついリスクを軽視してしまう傾向があります。潜在するリスクを管理できたはずなのに報告も解決もされないままになってしまい、そのために手遅れになった事例はたくさんあります。
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