平昌オリンピックの開会式会場

いよいよ直前に迫った平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック・パラリンピック競技大会。韓国の大会関係者はどのようなリスクに対し、どう備えているのか―。2012年のロンドン五輪、2016年のリオデジャネイロ五輪と、オリンピックにおけるセキュリティ対策を共に取材してきたニュートン・コンサルティング社長の副島一也氏とともに、昨年末、韓国を訪問した。今回から3回に分けて韓国の危機管理事情を紹介する。(取材協力:ニュートン・コンサルティング株式会社)

 

大会期間中の安全を守る警察庁組織

最初に訪れたのは、韓国警察庁でオリンピックのために特別編成された「平昌オリンピック企画団」。
オリンピックを開催する場合、その国のオリンピック委員会と開催都市によって「オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」が設けられる。この組織委員会が準備から運営までを一貫して行うことになる。2020年に開催される東京五輪については、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)と東京都により「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」が設置されている。
平昌では「平昌冬季オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」が、大会の準備から運営を行うことになるが、この組織委員会と連携しながら大会期間中の安全を支えるのが韓国警察庁内に設けられた「平昌オリンピック企画団」だ。

韓国警察庁

同企画団幹部(企画団警監)のチェ ドゥホ氏によると、平昌オリンピック企画団の目的は「大会に参加する選手団と、多くの海外からの観客の安全確保と秩序維持に関連した業務を専門的に推進すること」。大会期間、総合的な治安対策を樹立し指揮統制を行う、いわば五輪開催期間における警察組織の対策本部である。大会組織委員会にもスタッフを派遣しており、常に連携して対応できる体制を整えている。

■国際連携によりテロを阻止

同企画団が最も警戒しているリスクについてチェ氏は「テロ」と言い切る。韓国は日本と同様、銃などの所持が禁止されており、過去に大きなテロが起きたことはない。北朝鮮の武力攻撃などが大きな脅威ではないかと思いきや「それは軍の担当で、警察では避難誘導以外はどうにも対処できない」(チェ氏)と即答する。テロの防止と、突発的な事案が起きた際の観客の安全確保、事態の制圧が最も重要な任務となる。

具体的に行っていることを聞いたところ、まずは「インターポール(国際刑事警察機構)と協力して、世界のテロ情報を収集すること」を挙げた。それにより、「危険人物、危険薬物、兵器などの入国を厳密に遮断する」(同)。
さらに、大会参加各国から警察官を派遣してもらい国際警察協力センター

取材に応じてくれた平昌オリンピック企画団警監のチェ ドゥホ氏

(IPCC)を運営する。IPCCは、インターポールと同様、テロ支援国家に指定されている国からの入国者や危険人物に関する情報を収集・共有して、国際テロリストの入国を阻止することを目的とする。万が一、テロが発生した後も、情報収集や各国警察との連携をする上でのハブとなる。すでに、さまざまな情報を収集しているということだが「特に、車両を使った突進による攻撃や爆弾テロ、さらに、子供や女性を利用したテロなどに警戒を強めている」という。

韓国の警察組織
韓国の警察組織は、日本と同様の国家警察体系で、警察庁の下に、ソウル地方警察庁、プサン地方警察庁、テグ地方警察庁、キョンギ地方警察庁、カンウォンド地方警察庁など17の地方警察庁が置かれている。例えば、ソウル地方警察庁なら大韓民国ソウル特別市の31警察署を監督し、それぞれの現場に派出所や交番が存在する。
オリンピックで中心となるのが、江原(カンウォン)地方警察庁である。ここにも「平昌オリンピック企画団」(現地部隊)が設置され、本庁の企画団と、江原の企画団が連携して警備などにあたれるようになっている。
江原地方警察庁は、大会会場が開催される平昌、江陵( カンヌン)旌善(チョンソン)に警察署や派出所をもち、各警察署にはオリンピック警備に特別に任命された担当者が配置される。

■レガシーとなる対テロセンター

ちなみに、韓国では昨年10月にこうした大規模テロに備え、国務総理室に対テロセンターが設置された。対テロセンターは、情報機関の国家情報院(KCI)、警察庁、消防庁、さらに科学兵器や生物兵器などを用いた特殊テロにも対処できるよう国防部、環境部や保健福祉部なの専門家で構成される。オリンピック期間中は、大会組織委員会や警察庁の平昌オリンピック企画団と24時間体制で連携をとりながらテロ事案に備える。韓国政府では、大会終了後も対テロセンターは存続させる意向で、オリンピックレガシーとも言える位置づけとなる。

■防寒や装備に最新の対策

チェ氏は、こうしたテロ対策を強化する上での装備や警察官の装備にも力を入れていると教えてくれた。詳細はセキュリティ上、明かせないということだが、まず、見落としがちとなる防寒対策として、体感温度マイナス20度にもなると言われる山間地でも活動できるよう、ゴアテックス(防水透湿性素材)を使った最新の特殊防寒服を用意しているという。また、極寒での勤務となるため、現地警察官の休憩施設や食事などの対策にも配慮する。

脱線するが、取材をしてみて、最も身近なリスクは、防寒対策だ。風が強ければ顔を出して歩くことすら厳しい。夜の最終電車などに乗り遅れたら命取りになるので注意が必要だ。
 
さらに、新型装甲車、ドローン(小型無人機)抑止装置、サーモグラフィー搭載のパトロールカーなどの対テロ装備を配備。テロ対応の訓練を受けた警察特攻隊員や、積雪が多い中で事案対処にあたれるスキーやスノーモービル迅速対応チームも配置する。

現場の警察状況室(現地対策室)は、防犯カメラ、ヘリコプター映像伝送システムなどを活用した最新の管制システムにより、大会状況や交通状況をリアルタイムで把握し、対テロ活動を総括するという。こうした映像や情報は、企画団の本部だけでなく、大会組織委員会や国務総理室の対テロセンターともリアルタイムで共有されるという。

大会期間中は、大会施設につなぐすべての道路に、合計39カ所のバリケードと検問所を設置する。「武器を持ち込めない状況をつくることが最も大切」(チェ氏)。

高速鉄道KTX ソウルと平昌を1時間半で結ぶ

各大会施設と主要都市を結ぶ高速鉄道KTXの対策も強化する。ソウルから大会のメイン会場がある平昌までは車で約3時間半。これは朝鮮半島を横断するイメージ。KTXなら約1時間半で結ぶため、ほとんどの観客がKTXを使うことが予想される。そのため、企画団では、主要駅ごとに警官を配置して、対テロ安全活動を展開することを計画している。「すべての搭乗者に対して検問することはできないが、疑わしい人、不審者などに対する検問を強化する」(同)。
同時に市民や観光客に対しても、不審物などを発見したら触れたりせずにすみやかに112番通報(日本では110番)するよう呼び掛けていく。

スキー会場に入る道に設けられた検問

万が一、大会施設でテロが発生した場合に備えた避難計画も樹立している。「施設に配置した警察官が組織委員会や民間の警備会社と連携し、迅速に観客を退避施設に移動させ、大会施設への市民の接近を遮断し、安全を確保した上で犯人を制圧する」とチェ氏は概略を説明する。

軍もテロ対策には全面的に協力する。陸軍では、対テロ専門兵力800人を含む5000人を平昌五輪に投入することを決めているという。テロ対策のほか、交通規制やコースの除雪作業にもあたる予定だという。

■ボランティア警備を育成、通訳アプリも

翻訳アプリに向かって「たすけてください。どこに逃げればいいですか」と話しかけてみると、スムーズに韓国語に変換された。グーグルの翻訳アプリとほぼ同じだが、警察が使う専門用語がわかりやすい言葉で翻訳されるという。

テロ以外のリスクについては、消防や医療機関と連携して、患者が発生した際の医療機関への搬送体制などを強化している。
また、大会期間中はソウルや地方都市でも様々な関連イベントが開催されるため、民間警備のほかに、大学生など一般市民のボランティア警備(秩序維持員)を育成し、警察が直接、こうしたボランティア警備に勤務要領を教育し、現場の状況を点検しながら、混雑による事故予防を積極的に行えるようにしているそうだ。

大会期間中は100カ国近い国から選手や観客が来ることが予想されることから、外国人通訳のための翻訳アプリを開発。最大26カ国語に対応し、日常会話の翻訳に加え296の警察の専門用語をわかりやすい言葉に変換して翻訳することができるという。このアプリを掲載したスマートフォンを現場で警備にあたるすべての警察官に持たせる予定。
チェ氏は、「世界から来ていただく観光客の皆さんには検問などで多少の不便を感じさせるかもしれないが、すべて安全に大会を開催するためなので理解してほしい」と話している。


<取材後の感想>
平昌や江陵に完成した大会施設を訪問したが、施設の周辺には特に賑わうような場もなく、またアクセス方法も限られているため、大会施設におけるテロの脅威は他の開催地に比べ、それほど高くないというのが取材をしてみての正直な感想だ。一方で、寒さや雪などによる交通の途絶、凍結や混雑による転倒などは、意外な盲点になるかもしれない。さらに言えば、チケットの販売率や今後の施設の維持管理などが長期的なリスクになるのだろうが、今回はそこまで言及しないことにする。

(続く:次回は最大の脅威は「北朝鮮からのサイバー攻撃」)

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