こうした準備のもと、大会期間中は4000万回のセキュリティイベントを検出し、2300万回にのぼるウェブサイトへの攻撃を遮断し、具体的に緩和措置をとったDDoS攻撃も223件発生したということです。さらに言えば、直接的にはリオ2016組織委員会の範疇外ですが、「アノニマス」が五輪開催に抗議し、リオ州政府や警察、公営企業などのウェブサイトに侵入し、データが盗まれたと見られる複数のサイトが一時的に閲覧できない状態に陥りました。リオ州の情報通信技術センターが「集中的なハッキング攻撃を受けている」としていて、復旧作業を急いでいるとの報道もされました。

それでも競技大会そのものの中止や延期につながる大きなインシデントが発生しなかったことは、一連の準備の賜物と言えるでしょう。

日本が見習うべきポイント

左から筆者、Elly 氏、Marcello 氏、弊社副島

Marcello氏とElly氏は、大会成功のポイントについて、「信頼感の醸成」と「責任分界点の明確化」の2点を挙げています。

信頼感の醸成については、「セキュリティは重要だが、対話しながら進めないと現場や他組織は情報開示に消極的になり、最終的に非効率になる」と何度も強調していました。

また「信頼感の醸成には時間がかかる。早い段階から情報交換を行い、時には外部組織を非公式にオフィスに招待し食事会など対話しやすい雰囲気での情報交換することが成功の鍵」とも話していました。

責任分界点については、さまざまな組織が連携して対応する中でコントロールできる範囲は限られる。ここを明確にすることが非常に重要ということでした。例えば組織委員会でフィッシングサイトを見つけてもテイクダウンまでは対応できません。

それを行うのはあくまでISP(インターネットサービスプロバイダ)であり、国や州からの指導があってこそ実現します。この責任分界点を明確にしておくことがポイントということです。

日本は縦割り組織で連携は特に苦手と言われています。2020年東京大会に向け、多くの組織が連携していくことは大きなチャンレジとなるでしょう。

【民間企業の備え】

最後に民間企業がどのような備えをしておくべきか私見を書かせていただきます。

まず認識すべきは、2012年のロンドン大会と比較すると、リオ大会でのサイバー攻撃の数は格段に少なかったことです。それはロンドンとリオの経済規模の差と見ることができます。つまり、サイバー攻撃者は効率を重んじます。東京はGDP世界第一位の都市であり、ロンドンを上回ります。リオでも民間企業が攻撃対象となり被害に遭っていますが、リオの数倍の攻撃が東京で発生する心構えが必要です。

東京大会では、テクノロジーがさらに進んでいることも容易に想定されます。メディアによるオンライン配信などは当然となり、システムはクラウド化が進み、トラフィック量はリオの数十倍か、それをはるかに凌ぐ規模になることでしょう。また新たな脅威としてIoTデバイスがDDoSの温床になり、ドローンなどを利用した物理的な攻撃とサイバー空間からの攻撃の融合も頻発し、今からは想像ができない未曾有の攻撃が発生するかもしれません。

企業組織は、被害者にならないだけでなく、加害者にならない対応が求められます。折しも先日、世界最大規模のDDoS攻撃がアメリカの主要サイトをターゲットとして発生し、多くのサービスがダウンすることになりました。テレビカメラなどのIoTデバイスがマルウェアに感染してボットネットを形成し、一斉にDDoS攻撃を初めたことが原因とされています。

しかし、常に求められる対応は基本のベースラインです。デフォルトパスワードの変更や、Telnet(テルネット:汎用的な双方向8ビット通信を提供する端末間およびプロセス間の通信プロトコル)、SNMP(IPネットワークのネットワーク監視およびネットワーク管理を行うためのプロトコル)の使用制限、発見された脆弱性への迅速な修正プログラムの適用は基本であり、最も重要な対策でもあります。

オリンピックのような大規模なイベントは、組織委員会だけで成功させることはできません。大会を間接的に支える金融機関や重要インフラ企業を狙った攻撃が多発することも予測されます。組織委員会の枠を超えて、内閣サイバーセキュリティセンターや各省庁のリーダーシップによる重要インフラ機関への一定レベルのリスク分析やサイバー演習をさらに高度化して推進していくことが求められるでしょう。

特に内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)が行っている「重要インフラ訓練」は、他業種が一同に介してサイバー攻撃などを想定して行われるので、世界でも類を見ない訓練です。こうした機会を利用し、オリンピックをテーマにし訓練を実施することも大きな効果が得られるはずです。

繰り返しになりますが、東京大会ではこれまで経験しなかった未曾有の脅威が発生する可能性が高いと考えられます。しかし、やれることは限られています。過去の大会から学び、想像力を働かせ、関係組織が一丸となって取り組むことが何より重要です。

(了)